田んぼや畑の土壌分析は、より良い作物栽培を行うための強力なツールとなる。しかしながら、得られた結果の意味やそれが示すものが理解できなければ、土壌分析は無用の長物だ。今回は、土壌分析で測定される『CEC』について解説したい。大雑把に言うと、CECは「その土壌がどれだけ陽イオンを吸着・保持できるか」を表す値だ。

 

CECを理解するには、まず化学の復習を……

『CEC』はCation Exchange Capacityの頭文字をとった言葉で、日本語では『陽イオン交換容量』もしくは『塩基置換容量』とよばれる。『陽イオン』や『塩基』というものがわからない、という人は、中学校・高校の理科(化学)をぜひ復習していただきたい。イオンとは、それぞれの原子(もしくは複数の原子からなる原子団)が、もっている電子を放出する、もしくは電子を受け取ることで電気を帯びた状態になった粒子である。電子はマイナス(―)の電気を帯びているため、もともともっていた電子を放出してしまった原子は電気的にプラス(+)に傾き、『陽イオン』となる。一方、電子を受け取って、それまでよりも電気的にマイナスに偏った状態になったものは『陰イオン』だ。

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さて、本サイトでは以前、窒素・リン酸・カリ以外にも植物の生育に重要な役割を果たす微量必須元素として、カルシウムやマグネシウムを紹介した。これらの元素は、水に溶けるとカルシウムイオン(Ca2+)やマグネシウムイオン(Mg+)の状態で存在することになる。多量必須元素であるカリウムも同様にカリウムイオン(K+)となり、窒素の多くはアンモニウムイオン(NH4+)として、やはり陽イオンで存在する。施肥によってカルシウムやマグネシウム、カリウム、窒素を田んぼに供給することは、これらの陽イオンを土壌中に増やすことと同義なのだ。ちなみに、これらの植物にとって有用な陽イオンは土壌学で『塩基』とよばれることもある。

 

植物に有用な陽イオンを捕まえるのは土壌コロイド

土壌に植物の栄養となりうる陽イオンが増えたとしても、それが植物に吸収される前に水で流されては意味がない。土の中ではどのようにして陽イオンが保持されているのだろうか? その役割を果たしているのが『土壌コロイド』である。

土壌中には、粘土鉱物と腐植が結びついてできた土壌コロイドという粒子が存在する。この土壌コロイドは、その表面にマイナスの電気を帯びているという化学的性質がある。プラスの電気を帯びた陽イオンは土壌コロイドに近づくと、その表面にぴたりとくっついてしまうのだ。子どもがよく下敷きで髪の毛をこすり、静電気を起こして髪を下敷きにくっつける遊びをするが、それと同じようなことが土壌コロイドと陽イオンのあいだでも起こっている。

 

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土壌分析で提示されるCECとはすなわち、土壌コロイドがどれだけ植物にとって有用な陽イオンを吸着できるかという数値である。一般的に、CECの値が大きい土壌は肥沃であるといわれる。いくら肥料を与えても、CECの値が小さな土壌ではすぐに雨水で流されてしまう。逆に、CECの大きな値を検出するような土壌は、必須元素を保持できるキャパシティがある、良い土というわけだ。CECはその土壌に含まれている粘土の種類や腐植の量などによって変化する。

なお、CECの単位は長年、『meq/100g』が使われていたが、近年は国際的な単位の基準に合致させるため『cmol(+)/kg』を用いるのが推奨されている。

 

CECと『塩基飽和度』『pH』の関係

その土壌が保持できる陽イオンの量(CEC)に対して、どれだけの陽イオンがすでに土壌コロイドに吸着されているかを示す値が『塩基飽和度』である。ごく簡単に例えると、「10個の陽イオンを吸着できる土壌コロイドに7個の陽イオンが吸着済みであれば、塩基飽和度は70%」というような値だ。塩基飽和度の小さな土壌であれば、施肥が効果を発揮する可能性は十分ある。その一方で、すでに塩基飽和度が高くなっているような場所では、それ以上施肥をおこなっても土壌コロイドが吸着できず、水に流されるだけになってしまう可能性が高い。

なお、土壌コロイドの吸着した陽イオンは植物の根から吸収されるが、この時、土壌コロイドから離れた植物に有用な陽イオンの代わりに、水素イオン(H+)が土壌コロイドに吸着される。

 

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有用な陽イオンを植物に吸収されてしまった土壌コロイドには水素イオンがたくさん吸着されている。逆に、土壌コロイドに(水素イオンを除く)陽イオンがたくさん吸着している場合には、土壌コロイドの周りに水素イオンが多く残存している。このため、塩基飽和度が高い土壌ほど、pHも高くなる傾向がある。

 

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ハウス栽培の土壌などでは当てはまらないことも多いといわれるが、比較的簡単に測定できるpHの値を目安に、土壌コロイドの状態を考えるのも良いだろう。

最後に、国が推奨する水田のCEC値を紹介したい。農林水産省が平成20年に発表した地力増進基本指針では、水田のCECは、灰色低地土、グライ土、黄色土、褐色低地土、グライ台地土、褐色森林土で『12meq以上/100g(ただし、中粗粒質の土壌では8meq以上)』、多湿黒ボク土、泥炭土、黒泥土、黒ボクグライ土、黒ボク土で『15meq以上/100g』と言及されている。分析結果運用の参考にされたい。 

 

 

 

●本サイトでご紹介してきた必須元素記事

・成長や食味に好影響! マグネシウム(苦土)とイネの関係

https://rice-assoc.jp/for-famer/32-cultivation/193-2019-04-09-05-27-21.html

・カルシウムが植物に与える影響と、稲作におけるカルシウム
https://rice-assoc.jp/for-famer/32-cultivation/198-2019-04-23-03-18-02.html

 

参考資料:

1.「地力増進基本指針」農林水産省(平成20年)

http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_dozyo/pdf/chi4.pdf

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)

“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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本サイトではこれまで、イネの生育に必要な元素や栄養素、栽培指針の決定時に大きな助けとなる土壌分析の項目などについてご紹介してきた。今回は植物にとっての主要栄養素の一つ、リン酸をピックアップしたい。イネにとっても必要不可欠なリン酸のはたらきや、土壌中のリン酸の測定法などについてみていこう。

 

植物の三大栄養素『窒素・リン酸・カリ』

 

『窒素・リン酸・カリ(NPK)』。農家でない人であっても、園芸や野菜作りに興味があれば一度は聞いたことがあるはずだ。植物の生育に少なからず必要になるこの3つの要素は、『三大栄養素』などといわれ、育てる植物の種類によって十分な量を与える必要がある。ホームセンターなどでも、この三つの栄養素のバランスを記載した肥料が販売されている。

窒素は葉や茎によく効き、植物のからだを大きくするため、『葉肥え(はごえ)』とよばれることがある。それに対し、実や花をつける際に重要な役割を果たすリン酸は『実肥(みごえ)・花肥(はなごえ)』、カリ=カリウムは根の発育を促す『根肥(ねごえ)』だ。

今回は、この三大栄養素の一つ「リン酸」に着目してみよう。イネの栽培においてもこの栄養素は不可欠だ。野菜の栽培で実の生長を左右するリン酸は、イネにとってはお米の生長を左右することになる。さらに、リン酸の施肥は茎や根にも良い影響を与えるため、リン酸の不足はなるべく避けたいところだ。リン酸の含まれた元肥を使用するほか、リン酸を含む肥料の追肥など、農家によって取り組み方は異なるであろうが、ほとんどの米農家は一年を通じてリン酸施肥の計画を立てているだろう。

日本国内では土壌管理の行き届いた田んぼがほとんどになり、リン酸欠乏のイネは(長期間の無施肥などを行わない限り)見られなくなったが、海外では土壌にリン酸が少ないためにイネの収量が上がらず困っている土地もある。そういった、リン酸の少ない土地でも収量を維持できる品種を開発する手がかりとして、2012年に(独)国際農林水産業研究センターをはじめとする研究グループがイネの『リン欠乏症耐性遺伝子』を発見している(参考文献2)

 

土壌に施肥したリン酸は、一部しか使われない

 

作物に与えれば良いことづくめのように思えるリン酸だが、実は土壌にまいたリン酸は、全量のうちのごく一部しか植物体に利用されない。土壌にはリン酸を吸着・固定する性質があり、これを『リン酸の土壌固定』という。土壌中のアルミニウムや鉄とリン酸が結合することで水に溶けにくい物質になってしまったり、微生物がリン酸を取り込んでしまうことによる。最終的に土壌固定されなかったリン酸が、イネや作物に利用されるのだ。このような、土壌中の植物が利用できるリン酸の量は『可給態リン酸(もしくは有効態リン酸)』とよばれる。

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また、土壌がどれくらいのリン酸を固定するかを表す数値には『リン酸吸収係数』というものがある。いずれも、土壌分析をおこなうことで具体的な数値を得ることができるので、リン酸施肥に対するイネの変化が見られないようなときには分析を依頼してみると良いだろう。いくらリン酸を与えてもイネに効果が表れないのは、リン酸吸収係数の大きい土壌であるためかもしれない。または、可給態リン酸が十分にあるため、せっかくのリン酸が使われずに流れてしまっているのかもしれない。目に見えない状況を適切に判断するための手がかりとして、ぜひ土壌分析を活用してほしい。

 

『リン酸肥料のゆくえ』を考えよう

 

私たちが農業に利用しているリン酸は、世界でも限られた場所からしか採れない鉱物が原料となっている。他の栄養素では代用することができないリン酸は、世界中の農家に必要とされている。肥料に使われるためのリン酸をつくるため毎年大量のリン鉱石が採掘されており、このままいくといずれ枯渇する恐れも出てきているという(参考資料3)。さらに、植物は種子などにリン酸を蓄積するが、私たち人間はこの蓄積されたリン酸(フィチン酸という形で蓄積)の大部分を吸収・分解することができない。植物の種子(お米もふくむ)にとっては、生長のための貴重な栄養源のリン酸だが、それを食べた我々にとってはほとんど栄養になりえないのである。食事で体内に吸収されなかったリン酸は、そのまま排泄される。このリン酸をたっぷり含んだ排せつ物が水に流されると、最終的にリン酸によって富栄養化した水が河川や海へ流入する。つまり、水質汚濁・環境汚染につながる可能性があるのだ。

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リン酸を含む肥料を過剰に使いすぎないようにすることは、経費面でも負担が軽くなるだけでなく、環境にやさしい農業、地球に配慮した農業を営むことにつながる。自分の田んぼや畑に適した、過不足のないリン酸の量を知るためにも、ぜひ土壌分析の力を利用してほしい。

 

参考資料:

http://www.reigai.affrc.go.jp/zusetu/water/soilphos.html

2.http://www.tsukuba-sci.com/cms/?p=16315

3.黒田章夫,滝口昇,加藤純一,大竹久雄. 2005. リン酸資源枯渇の危機予測とそれに対応したリン有効利用技術開発. 環境バイオテクノロジー学会誌. 4, 87-94

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

本サイトではこれまで、基本的な土壌分析で得られる項目をいくつか紹介してきた。pHのように比較的身近な数値もあれば、CECなど普段の生活では耳にしない項目もある。いずれの値も、その意味するところを知らなければ、実際のお米や野菜作りに生かすことができず、宝の持ち腐れだ。今回は土壌分析の測定項目の一つであるECについてご紹介し、稲作との関係をみていきたい。

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ECとは電気の流れやすさである

 

ECは、『Electrical Conductivity』の頭文字をとった言葉だ。『Electrical=電気の』『Conductivity=伝導性』という意味であり、『電気伝導度』と日本語で記載されることもある。電気の流れやすさが土壌の何を表すのだろうか?それを理解するためには、まず『電気が流れる』という現象について考える必要がある。

突然だが、水は電気を通さない。より正確に言えば、『純水はほとんど電気を通さない』。電気が液体の中を流れるには、その液体中に陽イオンや陰イオンのような、電気を伝える物質が存在している必要がある。水(H2O)も電離して水素イオン(H+)と水酸化物イオン(OH-)になるが、その量はごく僅かであるため、純粋な水の電気伝導性は非常に小さいのだ。水道水が電気を通すのは、塩素やミネラルなどのイオンが相応の量存在しているからである。イオンが多く含まれる水ほど、電気が流れやすい。すなわち、水溶液のEC(電気伝導度)を計測すれば、『その液体中にイオンなどの電気を伝える物質がどれくらい存在しているか』の目安を知ることができるのだ。

ちなみに、一般的に使用されるECの単位はmS/cmやμS/cmで、Sは『ジーメンス』とよむ。ジーメンス(S)は、中学校でも習う電気の抵抗を表す値(Ω)の逆数であり、『S=1/Ω』の関係がある。抵抗(Ω)が小さいほどジーメンス(S)が大きくなることがよくわかるだろう。

 

土壌分析でECが意味するところ

 

では、土壌分析におけるECの役割を見てみよう。ECは、土壌中にイオンの形で存在する様々な水溶性塩類の量と正の相関があることがわかっている。『土壌中に水溶性塩類が多ければECも大きい』という理屈は、前述の伝導度の話からお分かりいただけるだろう。作物の養分となる栄養塩類が多く存在する土壌では高いECの値が測定されるが、降雨や作物による栄養塩類の減少・吸収によりECは徐々に低下する。ECの値を逐次計測しておけば、追肥のタイミングをはかることができるのだ。ただし、過剰な肥料はかえって作物の成長を妨げたり、栄養塩類が流出して環境汚染を引き起こすことがある。それぞれの土壌や作物にとっての適切なECを知り、その範囲内で施肥をすることが大切だ。とくにハウス栽培では降雨の影響を受けないことからECが高くなりやすく、こまめなECの測定がカギになる。pHを手軽に測るpHメーターによく似たECメーターも比較的安価で販売されているので、畑作をしている人は手に入れてみると良いだろう。

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実はこのEC、稲作(水田)においては通常ほとんど問題にされない。露天での畑作やハウス栽培と違い、水稲栽培では多くの期間イネが冠水している。このためEC変動の大きな原因となる降雨の影響を受けにくい。一般的に、イネの生育状況とECにはそれほど相関がみられない、もしくはECは気にしなくてよい、と考えられている。

 

ECが参考になる『塩害』時の水田

 

では、水稲栽培でECの出番は一切ないかと聞かれれば、それは『否』である。例を挙げると、2011年の東日本大震災後、被災地の水田のECに関する調査や研究が多数報告された。津波による『塩害』が起きたためだ。

田んぼに海水が流入すれば、海水中の塩分やミネラルにより、ECの値はそれまで見られなかったような高い値になる。昭和34年の伊勢湾台風や、平成11年の台風18号による高潮被害の際にも伊勢湾台風の時にもECが計測され、それぞれの水田の被災状況を測る目安になった(参考文献1)。塩分(塩化ナトリウム)の量を知るには塩化物イオン(Cl-)の濃度を測るという方法もあるが、それにはイオンクロマトグラフィーという分析をしなくていけない。簡便に測れるECは塩分量の相対的な数値でしないが、簡単に手早く測定できるという点で強い味方になる。サンプル数が十分にあれば、ECの値から塩化物イオン濃度を推定することもできるのだ(参考文献2)。

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高いEC値が検出された水田は、基本的に湛水と排水を繰り返すことで徐々に塩分濃度を落としていく。土を水洗いする、というようなイメージだろう。目まぐるしく気候が変動する昨今、大きな台風や地震が引き起こす高潮・津波によって、水田が海水をかぶることがないとも限らない。そういった災害は起きないに越したことはないが、もし塩害が懸念されるような事態に陥った場合は、ECの値が参考になることを思い出してほしい。

 

参考文献:

1.http://jssspn.jp/info/nuclear/post-23.html

2.農林水産省 2011. 農地の除塩マニュアル

3.三浦憲蔵 2015. 津波被災農地の除塩対策16.東北地域の津波被災農地土壌の除塩対策. 日本土壌肥料学雑誌, 86, 459-462

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

稲作農家の皆さんは、自分の田んぼの『土壌分析』をしたことがあるだろうか? 経験則だけにとらわれない理論的な作物栽培をするうえで、重要な情報がたくさん得られる土壌分析は、現代的な農業を営む人には欠かせないものだろう。分析結果にはさまざまな数値が現れるが、それぞれの意味を把握していないと宝の持ち腐れである。今回は、基本的な土壌の性質の一つであるpHや、酸性土壌とイネの関係について、改めて考える。

 

pHは『水素イオンの濃度』である

代々の稲作農家は、先達から伝わる手法や経験則を基礎としてなお米作りを続けていることが多い。積み上げられてきた知識をいかし、普段とは違うささやかな変化を見逃さず、教科書や指導書にないような事態に柔軟に対応する……それこそがベテラン農家の強みだろう。しかしながら、残念なことに昨今の急激な環境の変化や気候変動は『今まで通りの育て方』や『慣例』を振り切る勢いだ。経験則が通用しなくなることが増えている近年、農業の方法を科学的な目でとらえなおし、理論に基づいた農業の重要を感じる人が増えている。『理論的な農業』のテクニックの一つとしてイメージしやすいのが土壌分析だろう。

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土壌分析では田畑の土を分析し、pH、EC、CEC、交換性Mg(苦土)などの数値を求める。一般の農家でも近隣のJAや、環境分析や資料分析を行っている会社に依頼することができ、内容や価格は分析会社によって異なる。上述の代表的な分析項目のうち、特になじみ深く、道具をそろえれば個人でも計測できるのがpHだ。

 

イネとpHについて述べる前に、「そもそもpHとは何か」を復習しておこう。pHは日本語で『水素イオン濃度指数(もしくは水素イオン指数)』と呼ばれる数値である。水溶液中の水素イオンが多く含まれるほどその液体は酸性の性質を示し、少なければアルカリ性(塩基性)を呈する。酸性とアルカリ性の境目(中性)はpH=7だ。pHはその数値が小さくなるほど酸性が強い(水素イオンが多い)ことを表す。pHが1小さくなると、水素イオンの濃度は10倍にもなるため、少しのpHの変動でも水素イオンの濃度変化はかなりのものとなる。

 

作物とpHの関係

一般的に、作物が育ちやすい土壌のpHはpH=5~7の間であることが知られている。栽培種によって適正pHは大きく異なり、ジャガイモやブルーベリーなどはpH=5近い酸性土壌を好むが、キャベツやトマトなどはpH=7に近い土壌でよく育つ。それらの極端な例外を除けば、多くの作物にとって適切な土壌のpHはpH=6前後、弱酸性が適していることが多いという。

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酸性の強すぎる土壌は植物の生育に悪影響だ。水素イオンそのものが根へダメージを与えるほか、植物に有害なアルミニウムイオンの増加、鉄やマグネシウムなどの吸収阻害などが起こる。ではアルカリ性に傾いた土壌のほうが良いのかといえば、それも否。アルカリ性土壌ではそもそもの植物の生育が困難になる。なお、基本的に屋根のない露天の田畑であれば、土壌は自然に酸性化していく。その主な原因は、二酸化炭素などが溶けて酸性になった雨が降り、石灰などのアルカリ成分が流れ出るためだ。さらに、過剰な化成肥料の施肥も土壌の酸性化を促す。油断しているとどんどん酸性化してしまうため、昔から定期的に石灰などを散布していることは、皆さんご承知の通りだ。

 

イネの栽培に最適なpHは……?

さて、稲作農家の皆さんは、イネの栽培に適切なpHをご存じだろうか?農水省の資料(参考文献1、2)や各種文献を見ると、イネ栽培にはpH=5.5~6.5が適切だと示されている。他作物と比較すると、比較的酸性の土壌に強い部類だといわれているが、これはイネがもともと(日本よりさらに雨の多い)亜熱帯域からやってきた植物であることが関係すると思われる。さらに、イネの育苗用床土はより酸性に傾いたpH=5前後が適切だということも知られているだけでなく、イネの育苗期間中には時間の経過に伴ってpHがいっそう低下するという研究(参考文献3)からも、イネの耐酸性がうかがえる。

イネが酸性土壌でも生育できる理由の一つに、酸性土壌下でのアルミニウムに対する抵抗性があげられる。イネのゲノムからは複数のアルミニウム抵抗性遺伝子が見つかっているのだ(参考文献4)。アルミニウムへの抵抗性が解明されれば、酸性土壌に弱い他の作物への応用も期待できる。

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以上のように、酸性化に対する抵抗性がよく知られるイネであるが、あまりに高すぎるpHはイネの生長不良を引き起こす。酸性障害が起こると、イネの先端部の変色や枯死、根の暗色化などが現れ、ひどい場合は収穫が0になってしまうこともあるという(参考文献6)。pHを改善するには、やはり石灰などの散布が必要だ。

「近年イネの生長が良くない」という方は、一度田んぼの土壌分析や、pHを計測してみてはいかがだろうか? pHは比較的身近な数値であるにもかかわらず、土壌の見た目だけでは判断できない。もちろん、土壌分析で得られるほかの多くの計測値も同様だ。だからこそ、基本に戻って土壌の性質を数値として認識するのをおすすめしたいのである。

 

参考文献:

1.http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/miy03.html

2.http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/

3.長谷川栄一・武田良和・斉藤公夫・丹野耕一. 1989.水稲育苗床土の種類とpH推移.東北農業研究 42, 9-10

4.山地直樹・馬建鋒. 2015. 酸性土壌を突破する植物の戦略. 化学と生物 53, 8, 529-534

5.姜東鎮・石井龍一. 2003. イネの耐酸性機構に関する研究. 日本作物学会記事 72,2,171-176

6.http://www.nogyo.tosa.pref.kochi.lg.jp/info/dtl.php?ID=3342

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

2018年夏の記録的な猛暑は記憶にも新しい。日本各地でそれまでに経験したことのないような暑さや渇水が起こり、お米の生産に携わる人たちにも大きな負担が強いられた。急激な変化の真っただ中にある地球環境であるが、その変動の原因の一つに稲作があげられているとしたら、皆さんはどう思うだろうか?

 

地球温暖化の原因の一つ・メタン

地球の平均気温がどんどん上昇しているのは周知の事実だ。『地球温暖化』はもはや待ったなしの喫緊の課題であり、増え続ける自然災害や環境の変化は人々の危機感をあおり続けている。環境変動を身近な問題としてとらえる人も増えているだろう。
地球温暖化の主な原因として挙げられるのは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスである。温室効果ガスが地表から放出された赤外線の一部を吸収することで大気の温度が上昇するが、二酸化炭素の次に人為的な放出が多いと算出されているのがメタンガスだ。

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以前に本サイトでは、メタンと水田の関係について『お米づくりと温室効果ガス -水田のメタンガス排出について-』という記事を紹介している。そちらでも説明されている通り、水田はメタンガスの主要な発生源である。気温の上昇はこれまでになかったような問題を生じさせ、稲作農家を悩ませているが、その原因の一部が水田にあるというのは耳の痛い話であろう。
前述の記事ではアメリカの水田でのメタンガス対策が紹介されているが、日本でも各研究機関や研究者たちが提案をしている。稲作農家が実行しやすい対策として挙げられるのが、『稲わらなどの水田へのすき込みを、春の田植え前ではなく、稲刈りのすぐ後に行う』という方法だ。

 

メタン生成細菌を抑え込む

メタンガスを作り出すのは、水田土壌の中でも空気に触れることが少ない、地表から数mmよりも深い土壌にすんでいる細菌である。『メタン生成細菌』と呼ばれるこの生物は、酸素の少ない環境(嫌気的環境)で活発に活動する。メタン生成細菌は有機物を分解してメタンを放出するので、これを抑えるにはメタン生成細菌のエサとなる有機物を減らせばよい。

水田土壌への有機物の供給は、プランクトンの死骸や枯れた水草など以上に、稲わらや稲株のすき込みによるところが大きい。とはいえ、稲わらや稲株には肥料や土壌改良剤としての効果があるため、土壌への稲わら・稲株のすき込みをやめる、というのは現実的ではないだろう。メタン生成細菌に有機物を与えないように稲わらなどを土に還すには、酸素の少ない土壌に有機物が届く前に、別の微生物たちに分解してもらえばよいのだ。

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稲刈り後に稲わらや稲株をそのままにして、まだ気温の上がらない春先にすき込むと、多くの微生物は活動が鈍いため分解がなかなか進まない。さらに田植えのために水を張れば、土壌の深いところは酸素の少ない状態となり、暖かくなってくると沈んだ有機物をエサとしてメタン生成細菌が活動を始めてしまう。実際、水田からのメタン排出量が1年で最も多いのは、7月から8月の夏ごろだといわれている。

一方、稲わらや稲株を稲刈り直後に土壌へすき込めば、しばらくは秋の気温が高い日が続くことが多いため、土壌中で有機物の分解が早速起き始める。しかも、トラクターで耕耘した土壌は酸素の多い状態であり、分解してくれるのは酸素の多い環境を好む微生物たちだ。地域によっては、冬の間でも少しずつ土壌中で分解される。


いいことづくめの『秋すき込み』

実は『稲わら・稲株の秋すき込み』という方法は、イネの根を痛め成長を阻害する硫化水素ガス(通称:ワキ)の発生予防にも有効だ。硫化水素の発生は、土壌中の過剰な硫酸成分と水素が酸素の少ない土壌中で結合して起こる。それだけでなく、土壌中にはメタン生成細菌同様、酸素の少ない環境で活発に活動する『硫酸還元菌』という細菌もいて、有機物をエサに硫化水素を作り出している。つまり、秋のうちに稲わらや稲株をすき込んで有機物の分解を促進すること、水を張らずに土壌を酸素の多い状態に保つことは、メタンだけでなく、硫化水素の発生も抑えられるのである。


また、土壌に酸素を与える観点で有効といわれる方法に、『中干しの期間延長』がある(参考文献3)。土壌に小さなひび割れが起きるくらい乾燥させ、土壌に酸素を供給することで、メタン生成細菌の活動を抑えるのだ。同研究報告には「中干しを一週間延長したことでメタンの発生を約30%削減できた」という試験結果が掲載されている。小規模農家であっても、少しの工夫で地球にやさしいお米作りができるのだ。

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さらに、品種改良の現場でも水田からのメタン排出対策に取り組んでいる。2015年に、アメリカやスウェーデン、中国の共同研究グループが発表したのは、「メタンの排出量を抑える新品種イネ」である。このイネには、オオムギのゲノムから見つかった「光合成でつくった糖を、根や土壌よりも、葉や種子に優先的に輸送する」はたらきをする遺伝子が導入されている。根や土壌への糖の輸送を抑えることで、メタン生成細菌へのエサの供給を抑え、メタン排出量を抑えられたという。さらに、葉や種子(お米)に糖が配分されることで収量も増加するという、嬉しい副産物もあった。

このような品種が日本で実用化されるかは不透明だが、少なくとも世界で『水田からのメタンの排出をどうにかしなければならない』という動きがあることは覚えておいてよいだろう。『地球環境』などというと大げさに聞こえるが、次世代の農家がこれまで通りの日本の稲作ができるかどうかを左右するのは、今の私たちなのである。

参考文献:
1.https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/chishiki_ondanka/index.html
2.https://www.naro.affrc.go.jp/org/tarc/seika/jyouhou/H05/tnaes93037.html
3.(独)農業環境技術研究所(2012).水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル.http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/methane_manual.pdf
4.https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/66114
5.https://www.huffingtonpost.jp/science-portal/methane-rice_b_7980002.html

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。