“なすび”の意味は不明!?熊本県山鹿市に室町から伝わる『なれなれなすび踊り』

“なすび”の意味は不明!?熊本県山鹿市に室町から伝わる『なれなれなすび踊り』

 

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起源は450年ほど前の室町時代以前。戦乱により一度途絶えるも約250年前に復活された、五穀豊穣を祈る『なれなれなすび踊り』奉納。熊本県山鹿市の無形民俗文化財に指定されている不思議な舞楽を紹介する。

 

五穀豊穣を願う

「この日は毎年冷えるんです」焚き火を前に地元の男性が話す。まだ寒さの残る3月の第2土曜日の夜。約110軒ほどの世帯数、300人ほどの集落にある長坂厳島神社で、『なれなれなすび踊りが奉納される。地元の区長や市長も参加し、20時から神事が開始。準備や運営は地元の若者が中心となって行っている。

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なぜ神事が遅い時間から始まるのかは不明とのこと。


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その後、宴会が始まる。踊りが始まるのは22時から。70代の地元の男性曰く、何十年か前は深夜0時を過ぎてから始まっていたらしい。


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地元の先輩方は焚き火を囲みお酒を飲んでいる。外から来た人が飲み食いできるようにと、出店も用意される。宴会が終わり片付けた後、地元の若手は踊りの衣装へ着替え始める。

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22時。「みんみら三ツ」の掛け声を合図に、いよいよ『なれなれなすび踊りが始まる。

踊り手6名、太鼓の打ち手4名、歌い手10名ほど。踊り手は麻の狩衣に着替え、二つ折りにした編み笠をかぶった独特の姿。打ち手と歌い手は青色の袴姿に着替える。長坂厳島神社に祀られる神は宗像三女神と呼ばれる3名の女性の神様で、『神様が嫉妬する』という理由から男性のみが参加。以前は未婚の男性のみであったが人が集まらなくなってきた為、最近は既婚者も参加している。

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太鼓に合わせ歌いながら時計周りに周る独特の舞。足の裏を見せて踊るのがうまいとされているそう。一度歌が終わると、また最初からもう一度繰り返す。
映像はこちらをクリック


一 みんみら三ッ よさ イヨサ
  なれなれ茄子のん ヤヤコレナ
  瀬戸のおおやのおお茄 なれねばアよめのん ヤヤコレナ
  嫁の名のたつのん ヤヤコレナ

二 これから 見れバのん。ヤヤコレナ
  近江がァ見ゆる 笠こうてたもれん ヤヤコレナ
  オ近江すげ笠のん ヤヤコレナ
  なりがァようてエきようて 志めをが長うてん ヤヤレコナ

三 これから ここはのん ヤヤコレナ 鎌倉海道
  銭もてござれん ヤヤコレナ
  ふう引キャアしましょいのん ヤヤコレナ
  宝引キャばくち あげくにやごまのん ヤヤコレナ
  ごまァのしめからしん ヤヤコレナ

四 ここは石原や 小石 小石原のふ エイイキソレナ
  踊 踊らばャァ こしを こしをふれの エイイキソレナ
  (こしを コレ)ふらねばャァ 踊りや 踊れぬのエイイキソレナ

五 長い刀ャァ からで からでさすの エイイキソレナ

六 きそん十七ャァ 寅の 寅の年の エイイキソレナ

七 松の葉越しからャァ 月み 月見れバ
  しばしやくもりて ャァ まあた またさへる エイイキソレナ

八 (かかよ ないとせ) ままこをふよ ヤレ
  あみそへて はらのほんぐる程
  ままくふて遊ぼ (たんだ エッセ)

 

歌の意味は地元の男性もよくわからないまま歌っているそう。“なれなれ”は五穀豊穣を願う“成れ成れ”からきているが、“なすび”の意味は今となっては分からないとのこと。

神社で踊った後は、500mほど離れた稔の神が祀られている丘まで、子どもたちの松明の灯りを頼りに移動し、また踊る。雨天時は太鼓が濡れるため、神社での踊りのみになる。その後神社に戻り、22時40分前後に奉納が終わった。

 

ふるさとを意識する

『なれなれなすび踊りは1970年山鹿市無形民俗文化財に指定された。最古の記録は安永元(1772)年、山下甚左右衛門親之著『鹿郡旧語伝記」に記されている。

『……盆踊コノ町ノ者共シテ年ノ神迄太鼓鐘ヲ鳴ラシ喚キ行キ賑フ。落城後町並モ乱レ盆踊リモ絶エタリ。然ルニマタ今七月十六日ノ夜年ノ神迄太鼓鐘ヲ打立テ古風ノ歌ヲ歌イテ賑ヒ行ク。……』

という記述から、中世(室町ごろ)を起源に盆踊りからはじまり一時戦乱のため途絶え、鹿郡旧語伝記が記された約250年前に再び踊られていたことがわかる。

『なれなれなすび踊りは、江戸時代には山鹿市最大のお祭りであるお盆時期の山鹿灯籠祭りの当日に奉納されていた。明治には1ヶ月遅くなり、養蚕の繁忙期を避けるなど日程の変更があり、現在の3月になっている。謎が多い舞楽であるが、地元には今も各世代へしっかりと受け継がれている。

地域にとってこのお踊りはどんな存在なのだろう。区長さんは「地元を、ふるさとを意識させてくれる存在ですね」と話してくれた。菊池川流域の古くからの穀倉地帯であり、今も米づくりがあるからこそ形骸化することなく伝わってきたのかもしれない。機会があれば見学に訪れてみてはいかがだろうか。

 

◆開催日程
毎年3月の第2土曜日 20時から神事 22時から舞楽
長坂厳島神社(熊本県山鹿市長坂428番地)
※記事の情報は2018年のもの。
※最新の開催日程などは、山鹿市役所観光課(0968-43-1579)にお問い合わせください。

 

参考文献:
『山鹿市史』山鹿市史編纂室 編(1985年)

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