新しい品種を加速的に生み出した『人工突然変異』の技術

新しい品種を加速的に生み出した『人工突然変異』の技術

 

交雑育種法』では、必要な形質をもったイネ同士をかけあわせ、それを何世代か栽培することで新品種を作り出す。稔る実の数や背丈、病気への抵抗性など、栽培に求められる形質は多種多様だが、それらの形質を生み出したのは自然に起きた遺伝子の突然変異である。自然下で起こる突然変異はごくまれな現象だ。人工的に突然変異を起こさせ、新たな形質のイネを得るのが『人工突然変異』による育種である。

 

自然界における突然変異

その生き物の形や性質を決定しているのは、それぞれの個体がもつ遺伝情報だ。遺伝情報をコードしているDNAは、細胞の核の中にしまわれており、ちょっとやそっとのことでは傷つかないが、DNAのコピーや移動が起こる細胞分裂の際には変化が起こりやすくなる。また、空から常に降り注ぐ紫外線や電磁波のエネルギーによってDNAに損傷が与えられることもある。

自然界では突然変異が起こる確率というのは大変低く、変異が起きて新しい形質が生まれたところで、それが有用なものであるかは分からない。まれに起こる変異で現れた、有用な形質を逃さないよう利用するのが『分離育種法や『交雑育種法だが、それをただ待っているのでは時間がかかりすぎてしまう。人工的に突然変異を起こさせることができれば、新品種開発のスピードは格段に上昇し、そこからイネの遺伝子に関する研究も発展するのだ。


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人工突然変異の研究は放射線から始まった

既知の形質の範囲内、現存の品種の掛け合わせだけではその組み合わせにいずれ限界が来る。新しい形質を持った品種の必要性が増したころ、人工的に突然変異を起こさせる方法が確立していった。

早くから突然変異を誘発する因子として、研究されてきたのが放射線である。1927年にMullerがショウジョウバエ、翌年にStadlerがオオムギについて、放射線によって突然変異が引き起こされることを実験的に証明した。1940年代に入るとさまざまな化学薬剤にも突然変異を引き起こす力があることが見いだされ、新しい形質を持った品種開発が劇的に進むようになっていった。また、人工的に植物の組織を培養すると、その過程で予期せぬ突然変異が起こることがあるため、それを期待して組織培養を行うこともある。

これらのように、突然変異を起すきっかけをつくるものを『突然変異原』という。なんらかの突然変異原によって変異を起こしても、どんな変異が起こったかは育ててみないとわからない。たくさんの種(イネでいうなら籾)に変異を起こしても、それらを栽培し一つ一つの個体を確認しなければならないので、やはり手間はかかるのである。

 

日本における突然変異育種

日本では1930年代に放射線によるイネの突然変異の報告がなされて以降、放射線と生物の関係や品種改良についての研究が本格化した。放射線には様々な種類があるが、イネの品種改良に主に使用されるのは『γ(ガンマ)線』である。レントゲンに使用されるX線よりもDNAに影響を与えやすく、突然変異を誘発しやすい。照射時間と強度が長いほど変異が大きくなることが分かっており、各研究機関ではそれらを調節しながら、新しい形質を持ったイネの創出に日々取り組んでいる。

1960年、茨城県に放射線照射による新品種開発を目的とした施設『放射線育種場』が設置された。ここには世界最大規模の野外照射施設である『ガンマーフィールド』や、屋内照射施設『ガンマールーム』があり、実際に放射線の照射を行いながら様々な作物の育種、実験が行われている。

1990年代以降は『イオンビーム』が新たな突然変異原として注目されている。これは炭素などの原子を巨大な機械で加速し、細胞に照射するものであるが、γ線の照射よりも局所的なDNAの変化を誘発し、ピンポイントで変異を生み出すことができる。

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放射線による突然変異で生み出された品種で初めに実用化されたのが“レイメイ”だ。1959年に、耐病性や耐寒性に定評のあった“フジミノリ”へのγ線照射によって誕生し、1966年に現在の名前が付けられた。“レイメイ”は“フジミノリ”の耐病性や耐寒性を維持しつつも、原種より短稈化(草丈が低くなる)しており、倒伏しにくいことから開発後はその作付面積を広げていった。作付けが減った後も新品種の交配親となり、その形質は複数の品種に脈々と伝えられている。

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他にも、イネでは100を超える品種が放射線による突然変異個体から生み出されている。地球の温暖化や食糧不足といった問題に対応していくためにも、新しい形質・新品種は常に求められているのはご承知の通りだ。開発のスピードを上げる人工突然変異の重要性はこれからも揺るがないだろう。

◆育種法早見年表

1903年 加藤茂苞が品種改良実験を本格化
1904年 イネの人工交配に成功。『交雑育種』が本格化
1949年 人工交配の際に花粉を無効化する温湯除雄法案出
1960年 放射線育種場(茨城県)設立
1968年 葯培養によるイネの半数体が生み出される
2004年 イネのゲノムがすべて解読される


参考:

国立研究開発法人 農業生物資源研究所
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/NIFS12-02.pdf

http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=08-03-01-09

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。




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