カリフォルニアのお米づくりにおける総合防除 -IPM(Integrated Pest Management)とは?-

 

お米づくりをする中で、その年の気候や環境の変化によって、思わぬ病害虫の被害に遭われた方もおられるだろう。日本特有の病害虫に対する防除方法は数多くあるが、今回はアメリカ、カリフォルニアのお米づくりにおいて取り組まれているいくつかの病害虫に対する防除方法を、IPM(Integrated Pest Management)、総合防除という視点から皆さんにご紹介したい。

 

IPM(Integrated Pest Management)とは?

IPMとは総合的病害虫管理と訳されるが、できる限り薬剤などの使用を少なくし、圃場周辺を取り巻く環境に応じて、生物多様性、耕種的方法などを組み合わせて病害虫や雑草からの被害を抑えるという管理方法である。またIPMの目的は、人と環境への悪影響を軽減し、健全な農産物を生産することでもある。日本では古くからイモチ病やバカ苗病の対策に、種子の塩水選や温湯処理を行うことが推奨されるが、これもいわばIPMの一つの方法である。

農林水産省は平成17年、「食料、農業、農村基本計画」の中で、環境保全を重視した施策の展開を図ることを目的としてIPMの手法を取り入れ、基本的な実践方法を体系化して図1のようにまとめている。

sougouboujyo1

図1:IPMの実践体系
引用元:農林水産省、総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針より
http://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/gaicyu/g_ipm/pdf/byougai_tyu.pdf

 

この体系図から、以下のように大きく3つの点について言及できる。
① 予防的措置・・・輪作、抵抗性品種の導入や土着天敵等の生態系が有する機能を可能な限り活用すること等により、病害虫・雑草の発生しにくい環境を整えること 。
② 判断・・・病害虫・雑草の発生状況の把握を通じて、防除の要否及びそのタイミングを可能な限り適切に判断すること。(モニタリングと呼ばれる)
③ 防除・・・防除が必要と判断された場合には、病害虫・雑草の発生を経済的な被害が生じるレベル以下に抑制する多様な防除手段の中から、適切な手段を選択して講じること。

誤解してはならないことは、IPMは農薬などを一切使わないということではない。必要に応じて薬剤の使用も認めている。また生産者側の立場に立ち、経済的にコストが合わないような手段の実施は実質的には見送るという姿勢である。要は収益と生産コストを鑑みて、割に合わないことはしないのである。

 

カリフォルニアのお米づくりにおけるIPM

さて、カリフォルニアのお米づくりにおいて、IPMの手法は1981年ごろから模索されてきた。カリフォルニアでも日本と同じようなイモチ病やヨトウ虫の被害も少なからずあるが、主に生産者が心配するのはカブトエビやイネミズゾウムシの被害や褐色菌核病という病気である。

カブトエビは日本では草取り虫などと言われ、水田の除草に貢献してくれるいい生き物であるが、カリフォルニアでは湛水直播によって播かれた種籾の芽を食害する事が問題となっている。また、大量発生して泳ぎ回ることで、水を濁らせ、土の部分に光が当たらなくなる結果、幼苗の成長を阻害するのだ。これをIPMの手法で考えると、まずは湛水後に速やかに播種すること。これは、水を入れて2日以上経つとカブトエビの孵化を促進する恐れがあるためだ。また、モニタリングして脱皮殻などを見つけ、大量発生する兆候がある場合は、一旦、落水して死滅させる手もある。それでも効果がない時は、最終的に除虫菊由来の殺虫剤施用もあり得る。

sougouboujyo2カブトエビ
 引用元:Agriculture and Natural Resources, University of California, UC IPM
http://ipm.ucanr.edu/PMG/r682500111.html

 

イネミズゾウムシはコクゾウ虫の仲間で、稲の葉鞘に産卵して、その幼虫が稲の根を食害する。また成虫は葉を食害して、白線状の斑紋を残す。これを避けるにはまず、棲息元になる水田周りの雑草の刈り取り、または湛水前の十分な浅耕が有効である。土中の卵をできるだけ除くためだ。過去の経験からこの害虫の発生の恐れがあるときは、水面に浮かせるトラップを仕掛け、モニタリングする。大量発生の兆候がある場合は湛水中に殺虫剤の施用も検討される。

sougouboujyo3

イネミズゾウムシの成虫
引用元:Agriculture and Natural Resources, University of California, UC IPM
http://ipm.ucanr.edu/PMG/r682300511.html

 

褐色菌核病はRhizoctonia oryzae sativaeというカビの菌が原因である。このカビの胞子が水面の葉鞘から発生して茎全体に広がり、灰緑色の斑点を呈して枯らしてしまう。これを防ぐには、前作の藁などの残渣を残さないこと。場合によっては藁を焼却することもひとつの手である。カリフォルニアでは直播栽培のため、日本に比べて密植であるが故に、夜の低気温が続き、深水にしたままにすると、この菌がはびこることも往々にしてある。最悪の場合は塩素系の防カビ剤の施用もあり得る。
sougouboujyo4褐色菌核病の斑紋
引用元:University of California, Agronomy Research & Information Center, Rice.
http://rice.ucanr.edu/files/196737.pdf

 

IPMの有効活用

以上のようなIPMの例を見てもお分かりのように、病害虫の防除の仕方を考える上で、生態系や周りの環境をよく観察し、作付していない時期も含めてどの時期にどの方法がベストなのか、ということを導き出すのがIPMの手法と言ってもいいだろう。今まで手当たり次第にやってきた方法が系統立てて確立できるし、後の予防にも役立つ。 

①原因の選定
②観察とモニタリング
③効果的な対策の組み合わせと予防
というIPMのステップを理解し、有効に活用することで、生産者としての知識と経験にますます「箔が付く」
ことは間違いないであろう。
以下のウェブページに農林水産省が発表している水稲のIPM実践指標モデルがある。http://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/gaicyu/g_ipm/pdf/suitou.pdf
皆さんのご参考になれば幸いである。

 

文:madon
アメリカ 北カリフォルニア在住。オーガニックのお米づくりを中心にアメリカ米農家サポート、精米、お米分析などに携わる。目下、持続可能性農業について大学で学びながら奮闘中。