植物の生育に必要な『元素』たちと、イネの生長を左右する『ケイ素』

私たちは日々飲み食いをして生命を保っている。『栄養を摂る』ということは、細胞が必要とする糖やタンパク質、突き詰めれば、体が求める『元素』を摂取しているということに他ならない。生物の体は細胞からなるが、それを形作る細胞膜や酵素、DNAなども元をたどればさまざまな元素なのだ。今回は植物が育つために必要な『元素』について考えるとともに、イネの生育に重要な元素の一つ『ケイ素』についてみていきたい。

 

植物の生育に必要な『必須元素』と『有用元素』

生物がその存在を保つためには、自分のからだに足りない元素を体外から取り入れなくてはいけない。動物の場合は食事であり、植物の場合は光合成と根からの吸収である。植物の場合、炭素(C)、酸素(O)、水素(H)は光合成によって空気中の二酸化炭素を、根から水をとりこむことで満たすことができるが、そのほかの元素は主に土壌中から吸収する必要がある。

shokubutsuno1▲写真はイメージです

植物に与えるべき元素としておなじみなのは窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)。農業の現場で使われる肥料には、大体この3元素の配合割合が書かれているため、知らないという人はいないであろう。これに加え、硫黄(S)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)も植物が育つためには相当量が必要な元素だ。


さらに、微量ながらも欠かすことができない元素に鉄(Fe)、銅(Cu)、マンガン(Mn)などがある。植物が生育するために必ず必要になるこれらの元素はまとめて『必須元素』とよばれる。種によって各元素の必要量は異なるが、合計16もしくは17種類の元素が植物にとっての必須元素と認識されている。


以上の必須元素に加え、植物の健全な生長を助ける『有用元素』と呼ばれるものもある。有用元素は、「なくても植物は育つが、あればその生育の助けになる」ような元素だ。『ケイ素(Si)』はこの有用元素にあたり、必須元素と比べるとその重要性が見落とされがちである。ケイ素は多かれ少なかれ植物に含まれているが、中でもイネ科は特に多くのケイ素を含む特異な種なのだ。

 

イネの生育を左右する『ケイ素』

ケイ素は土壌中に存在する成分の大部分を占めるといわれるほど、ありふれた元素だ。酸素と結びつきやすく、多くはケイ酸(主に二酸化ケイ素SiO2)の形で存在する。二酸化ケイ素の大きな結晶は石英(水晶)であり、ケイ素を含んだ塩(ケイ酸塩)からつくられるのがガラスだ。ケイ素と炭素からなるゴム状の高分子化合物・シリコンという例外もあるが、基本的には硬い構造物をつくるイメージをもっていてほしい。

shokubutsuno2▲写真はイメージです

植物中にケイ素がどれくらい含まれているかは種によって大きく異なるが、イネの場合は乾燥重量の約1割ほどがケイ素だという。これは植物のなかでも特に多い数字なのだが、いったい何のためにたくさんのケイ素を必要としているのだろうか?

イネはケイ素を吸収すると、茎や葉などの表面に蓄積する。すると、茎が丈夫になって倒伏しにくくなり、葉は虫などの食害やウイルス・細菌の感染に強くなる。さらに、葉にケイ素が蓄積すると表面がコーティングされたような状態になり、水分が逃げにくくなる。加えて、葉が硬くなって張りが生まれると、重力に負けずに葉がピンと立つことができる。だらりと垂れ下がった葉よりも光合成の効率が良くなり、イネの生長が促進されるのだ。必須元素に含まれてはいないものの、ケイ素は健康で丈夫なイネをつくるために、とても重要な役割を果たす元素である。

 

ケイ素の多くは『籾殻』にある

イネの体でもっともケイ素を蓄積しているのは、実は『籾殻(もみがら)』だ。イネの胚乳である米粒は、ケイ素がたっぷり含まれた籾のなかで、病原体や乾燥から守られながら成長していく。言い換えれば、ケイ素の不足があると籾殻が弱くなり、米粒がうまく実らなくなってしまうのだ。

以上のように、ケイ素はイネの生育を安定させ、よりよい収穫を得るために重要な元素である。近年は各地のJAでも、水田土壌中の窒素やリンの量と同じくらいケイ素の量に着目しており、ケイ素に関する指導が積極的に行われている。ケイ酸やケイ酸カリ(ケイ酸カリウム)などの肥料が販売されているので、イネの倒伏や病害虫被害が深刻であれば、施肥を検討するのもよいだろう。

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イネは根から吸収したケイ素をどうやって輸送しているのか……、『籾殻へは優先的にたくさんケイ素をおくる』という『ケイ素の分配』がどのように調節されているのか……これが解明されたのは2015年のことである。岡山大学と農業環境技術研究所の研究チームは、イネの維管束の構造と、ケイ素の輸送に関わるタンパク質がケイ素の分配をコントロールしていることを見出した(参考文献1)。この研究は、イネの特定の部位へ特定の物質を輸送するシステムを理解するための重要な一歩である。ケイ素の優占的な輸送をさらに促すことで強いイネを育てる技術や、他の物質を意図的に胚乳や葉に輸送させる技術への応用が期待されるであろう。


参考文献:
1.イネの安定多収に必要な籾殻へのケイ素分配の仕組みを解明 - 国立大学法人 岡山大学
https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id326.html

2.イネのケイ酸吸収機構(山地直樹, 馬建鋒/化学と生物 Vol. 44, No. 7, 2006)

3.栄養素 ー北海道大学ー
http://hosho.ees.hokudai.ac.jp/~tsuyu/top/dct/nutr-j.html

4.JA全農 肥料農薬部
https://www.zennoh.or.jp/eigi/research/pdf/technology_01.pdf

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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