カルシウムが植物に与える影響と、稲作におけるカルシウム

これまで本サイトでご紹介してきた多量必須元素はいずれも、不足するとイネやそのほかの植物の生長が正常に進まなくなるくらい重要なものであった。今回その役割をみていく『カルシウム(Ca)』も例にもれない。多量ではなく『中量必須元素』と記述されることもあるが、いずれにせよ必要なことには変わりない元素である。植物にとってのカルシウムとは、どのようなものなのであろうか?

 

細胞壁の構成に需要な役割を果たすカルシウム

植物の体内でカルシウムが特に多く存在している場所は細胞壁である。細胞壁は、固い繊維質であるセルロースが主成分となり、セルロースの周囲をヘミセルロースやペクチンといった多糖類が取り囲んでいる。ヘミセルロースやペクチンは、セルロースの繊維同士を固定する接着剤のような役割を果たしている。ヘミセルロースは茎・樹木の幹などの固い組織の細胞壁に多く見られるが、ペクチンは柔らかな葉や新芽、果実などの細胞壁に多い。このペクチンが、分子同士の結合にカルシウムを必要とするのである。人間にとってのカルシウムが骨の形成に不可欠な成分であるように、植物にとっても細胞の構造維持にカルシウムが重要なのだ。

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さらに、カルシウムは植物細胞内の情報伝達や酵素の活性化、光合成生産物の輸送に重要な役割を果たすとされる。また、カルシウムが十分に供給されている植物は病原体や環境ストレスへの耐性が高いことも知られている。

 

カルシウム欠乏の症状は『植物の上部』で気づく

カルシウムは根から吸収され、植物体内では水の移動(蒸散)に伴ってそれぞれの組織へ輸送されるが、特に生長の盛んな若い葉や新芽では細胞壁の構成にペクチンが多用されるため、カルシウムの必要量も多い。そのため、カルシウム不足が生じると植物上部の葉や芽が黄変したり、枯れるなどの症状が見られるようになる。

カルシウム同様に多量必須元素に数えられるマグネシウムは、不足すると下部の葉から黄変や枯れの症状が出始める。これは、葉緑体の構成成分になるマグネシウムが不足した場合、下部の組織からより光の当たりやすい上部の葉へマグネシウムを再移動させることができるためだ。その一方、カルシウムは一度各組織に送られると、ほかの場所へ再度移動することがほとんどできない。それもあいまって、上部の葉から黄変や枯れの症状があらわれやすいという違いが生まれるのである。

実際のところ、上部の葉よりも根の生長不良が先に起こることも少なくないのだが、地下の根の変化よりも、葉の枯れのほうが目に見えて気づきやすいだろう。

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さて、イネの生長においてもカルシウムは重要であるが、イネは体の支持や保護のためにケイ酸を好んで使う植物(ケイ酸植物)であり、多くの果菜類よりもカルシウムの含量は低いといわれている。そのためか、イネのカルシウム欠乏を調べても、あまり実例や症例が見つからない。

 

とはいえ、イネのカルシウム欠乏を検討した実験もある。伊藤・藤原(参考文献5)の研究によると、正常なイネの苗をカルシウムが極端に少ない土壌に移植して育てた場合、カルシウムが十分ある土壌に移植したものよりも生育が悪くなった。地上部も地下部も生長が抑制され、移植後1か月ほどでやはり上部の葉から枯れ始めて、最終的に枯死してしまったと報告されている。また、三宅・高橋(参考文献6)はカルシウムの施肥でイネの収量が増加したことを報告している。やはり適切な量のカルシウムはイネの生育にも欠かせないのだ。

 

カルシウムの施肥は慎重に!

カルシウムを含む物質で畑や田んぼへ散布されるもの(石灰質肥料)といえば、消石灰、生石灰、炭酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、石灰窒素などがある。これらの散布の主目的は土壌のpH 調整であることが多いが、カルシウムの供給という点でもイネや野菜の健やかな生長に寄与しているはずだ。またイネの場合は、刈り取り後の稲藁のすき込みなどでも、藁に残存するカルシウムを循環させることになる。

 

ただし、石灰質肥料の成分によっては、散布のしすぎで土壌pHが過剰に高くなってしまうものがある。アルカリ性の強すぎる土壌では、カルシウム以外の必要成分が土壌に保持されにくくなったり、それらの成分の吸収が妨げられることがあり、最終的には植物へ悪影響となる場合がある。また、カルシウムが十分にふくまれている土壌でも、同じところに窒素やカリウム、マグネシウムなどが過剰に存在すると、根からのカルシウム吸収が阻害されるといわれている。

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イネの生育中に上部の葉の枯れや生長不良、根張りの悪さが気になったら、やみくもに肥料を与えるのではなく、まずは土壌の検査を受けてみることをおすすめしたい。その結果を踏まえ、石灰質肥料の種類や量を慎重に検討しよう。土壌の検査や分析を行うと、数々の元素の割合やpHなどの結果が数字として目の前に現れる。それらの情報を十分に活用できれば、よりよいお米作りの大きな力になるはずだ。
 

 

●本サイトでご紹介してきた多量必須元素

・ケイ素

植物の生育に必要な『元素』たちと、イネの生長を左右する『ケイ素』

https://rice-assoc.jp/for-famer/32-cultivation/178-2019-03-09-06-00-01.html

・硫黄
土壌中の欠乏・過剰に要注意! 硫黄とイネの関係。
https://rice-assoc.jp/for-famer/32-cultivation/183-2019-03-16-13-18-56.html

・マグネシウム
成長や食味に好影響! マグネシウム(苦土)とイネの関係
https://rice-assoc.jp/for-famer/32-cultivation/193-2019-04-09-05-27-21.html

 

参考文献:

1.http://lib.ruralnet.or.jp/nrpd/#koumoku=10998

2.http://lib.ruralnet.or.jp/nrpd/#koumoku=10998

3.https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id318.html

4.下瀬昇(1964).作物の塩害生理に関する研究(第5報)水稲の塩害とカリウム欠乏,カルシウム欠乏の関係 日本土壌肥料科学雑誌,35,148-151

5.伊藤信・藤原彰夫(1967).水稲のカルシウム栄養について 日本土壌肥料科学雑誌,38,126-130

6.三宅靖人・高橋英一(1992).カルシウムの多量施肥がイネの収量・ケイ酸吸収に及ぼす影響 日本土壌肥料科学雑誌,63,395-402

7.http://lib.ruralnet.or.jp/genno/yougo/gy234.html

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)

“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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