水田のメタン排出と、日本の農家ができる対策

2018年夏の記録的な猛暑は記憶にも新しい。日本各地でそれまでに経験したことのないような暑さや渇水が起こり、お米の生産に携わる人たちにも大きな負担が強いられた。急激な変化の真っただ中にある地球環境であるが、その変動の原因の一つに稲作があげられているとしたら、皆さんはどう思うだろうか?

 

地球温暖化の原因の一つ・メタン

地球の平均気温がどんどん上昇しているのは周知の事実だ。『地球温暖化』はもはや待ったなしの喫緊の課題であり、増え続ける自然災害や環境の変化は人々の危機感をあおり続けている。環境変動を身近な問題としてとらえる人も増えているだろう。
地球温暖化の主な原因として挙げられるのは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスである。温室効果ガスが地表から放出された赤外線の一部を吸収することで大気の温度が上昇するが、二酸化炭素の次に人為的な放出が多いと算出されているのがメタンガスだ。

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以前に本サイトでは、メタンと水田の関係について『お米づくりと温室効果ガス -水田のメタンガス排出について-』という記事を紹介している。そちらでも説明されている通り、水田はメタンガスの主要な発生源である。気温の上昇はこれまでになかったような問題を生じさせ、稲作農家を悩ませているが、その原因の一部が水田にあるというのは耳の痛い話であろう。
前述の記事ではアメリカの水田でのメタンガス対策が紹介されているが、日本でも各研究機関や研究者たちが提案をしている。稲作農家が実行しやすい対策として挙げられるのが、『稲わらなどの水田へのすき込みを、春の田植え前ではなく、稲刈りのすぐ後に行う』という方法だ。

 

メタン生成細菌を抑え込む

メタンガスを作り出すのは、水田土壌の中でも空気に触れることが少ない、地表から数mmよりも深い土壌にすんでいる細菌である。『メタン生成細菌』と呼ばれるこの生物は、酸素の少ない環境(嫌気的環境)で活発に活動する。メタン生成細菌は有機物を分解してメタンを放出するので、これを抑えるにはメタン生成細菌のエサとなる有機物を減らせばよい。

水田土壌への有機物の供給は、プランクトンの死骸や枯れた水草など以上に、稲わらや稲株のすき込みによるところが大きい。とはいえ、稲わらや稲株には肥料や土壌改良剤としての効果があるため、土壌への稲わら・稲株のすき込みをやめる、というのは現実的ではないだろう。メタン生成細菌に有機物を与えないように稲わらなどを土に還すには、酸素の少ない土壌に有機物が届く前に、別の微生物たちに分解してもらえばよいのだ。

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稲刈り後に稲わらや稲株をそのままにして、まだ気温の上がらない春先にすき込むと、多くの微生物は活動が鈍いため分解がなかなか進まない。さらに田植えのために水を張れば、土壌の深いところは酸素の少ない状態となり、暖かくなってくると沈んだ有機物をエサとしてメタン生成細菌が活動を始めてしまう。実際、水田からのメタン排出量が1年で最も多いのは、7月から8月の夏ごろだといわれている。

一方、稲わらや稲株を稲刈り直後に土壌へすき込めば、しばらくは秋の気温が高い日が続くことが多いため、土壌中で有機物の分解が早速起き始める。しかも、トラクターで耕耘した土壌は酸素の多い状態であり、分解してくれるのは酸素の多い環境を好む微生物たちだ。地域によっては、冬の間でも少しずつ土壌中で分解される。


いいことづくめの『秋すき込み』

実は『稲わら・稲株の秋すき込み』という方法は、イネの根を痛め成長を阻害する硫化水素ガス(通称:ワキ)の発生予防にも有効だ。硫化水素の発生は、土壌中の過剰な硫酸成分と水素が酸素の少ない土壌中で結合して起こる。それだけでなく、土壌中にはメタン生成細菌同様、酸素の少ない環境で活発に活動する『硫酸還元菌』という細菌もいて、有機物をエサに硫化水素を作り出している。つまり、秋のうちに稲わらや稲株をすき込んで有機物の分解を促進すること、水を張らずに土壌を酸素の多い状態に保つことは、メタンだけでなく、硫化水素の発生も抑えられるのである。


また、土壌に酸素を与える観点で有効といわれる方法に、『中干しの期間延長』がある(参考文献3)。土壌に小さなひび割れが起きるくらい乾燥させ、土壌に酸素を供給することで、メタン生成細菌の活動を抑えるのだ。同研究報告には「中干しを一週間延長したことでメタンの発生を約30%削減できた」という試験結果が掲載されている。小規模農家であっても、少しの工夫で地球にやさしいお米作りができるのだ。

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さらに、品種改良の現場でも水田からのメタン排出対策に取り組んでいる。2015年に、アメリカやスウェーデン、中国の共同研究グループが発表したのは、「メタンの排出量を抑える新品種イネ」である。このイネには、オオムギのゲノムから見つかった「光合成でつくった糖を、根や土壌よりも、葉や種子に優先的に輸送する」はたらきをする遺伝子が導入されている。根や土壌への糖の輸送を抑えることで、メタン生成細菌へのエサの供給を抑え、メタン排出量を抑えられたという。さらに、葉や種子(お米)に糖が配分されることで収量も増加するという、嬉しい副産物もあった。

このような品種が日本で実用化されるかは不透明だが、少なくとも世界で『水田からのメタンの排出をどうにかしなければならない』という動きがあることは覚えておいてよいだろう。『地球環境』などというと大げさに聞こえるが、次世代の農家がこれまで通りの日本の稲作ができるかどうかを左右するのは、今の私たちなのである。

参考文献:
1.https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/chishiki_ondanka/index.html
2.https://www.naro.affrc.go.jp/org/tarc/seika/jyouhou/H05/tnaes93037.html
3.(独)農業環境技術研究所(2012).水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル.http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/methane_manual.pdf
4.https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/66114
5.https://www.huffingtonpost.jp/science-portal/methane-rice_b_7980002.html

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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