pHと土壌の酸性・アルカリ性からみなおすイネの栽培

稲作農家の皆さんは、自分の田んぼの『土壌分析』をしたことがあるだろうか? 経験則だけにとらわれない理論的な作物栽培をするうえで、重要な情報がたくさん得られる土壌分析は、現代的な農業を営む人には欠かせないものだろう。分析結果にはさまざまな数値が現れるが、それぞれの意味を把握していないと宝の持ち腐れである。今回は、基本的な土壌の性質の一つであるpHや、酸性土壌とイネの関係について、改めて考える。

 

pHは『水素イオンの濃度』である

代々の稲作農家は、先達から伝わる手法や経験則を基礎としてなお米作りを続けていることが多い。積み上げられてきた知識をいかし、普段とは違うささやかな変化を見逃さず、教科書や指導書にないような事態に柔軟に対応する……それこそがベテラン農家の強みだろう。しかしながら、残念なことに昨今の急激な環境の変化や気候変動は『今まで通りの育て方』や『慣例』を振り切る勢いだ。経験則が通用しなくなることが増えている近年、農業の方法を科学的な目でとらえなおし、理論に基づいた農業の重要を感じる人が増えている。『理論的な農業』のテクニックの一つとしてイメージしやすいのが土壌分析だろう。

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土壌分析では田畑の土を分析し、pH、EC、CEC、交換性Mg(苦土)などの数値を求める。一般の農家でも近隣のJAや、環境分析や資料分析を行っている会社に依頼することができ、内容や価格は分析会社によって異なる。上述の代表的な分析項目のうち、特になじみ深く、道具をそろえれば個人でも計測できるのがpHだ。

 

イネとpHについて述べる前に、「そもそもpHとは何か」を復習しておこう。pHは日本語で『水素イオン濃度指数(もしくは水素イオン指数)』と呼ばれる数値である。水溶液中の水素イオンが多く含まれるほどその液体は酸性の性質を示し、少なければアルカリ性(塩基性)を呈する。酸性とアルカリ性の境目(中性)はpH=7だ。pHはその数値が小さくなるほど酸性が強い(水素イオンが多い)ことを表す。pHが1小さくなると、水素イオンの濃度は10倍にもなるため、少しのpHの変動でも水素イオンの濃度変化はかなりのものとなる。

 

作物とpHの関係

一般的に、作物が育ちやすい土壌のpHはpH=5~7の間であることが知られている。栽培種によって適正pHは大きく異なり、ジャガイモやブルーベリーなどはpH=5近い酸性土壌を好むが、キャベツやトマトなどはpH=7に近い土壌でよく育つ。それらの極端な例外を除けば、多くの作物にとって適切な土壌のpHはpH=6前後、弱酸性が適していることが多いという。

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酸性の強すぎる土壌は植物の生育に悪影響だ。水素イオンそのものが根へダメージを与えるほか、植物に有害なアルミニウムイオンの増加、鉄やマグネシウムなどの吸収阻害などが起こる。ではアルカリ性に傾いた土壌のほうが良いのかといえば、それも否。アルカリ性土壌ではそもそもの植物の生育が困難になる。なお、基本的に屋根のない露天の田畑であれば、土壌は自然に酸性化していく。その主な原因は、二酸化炭素などが溶けて酸性になった雨が降り、石灰などのアルカリ成分が流れ出るためだ。さらに、過剰な化成肥料の施肥も土壌の酸性化を促す。油断しているとどんどん酸性化してしまうため、昔から定期的に石灰などを散布していることは、皆さんご承知の通りだ。

 

イネの栽培に最適なpHは……?

さて、稲作農家の皆さんは、イネの栽培に適切なpHをご存じだろうか?農水省の資料(参考文献1、2)や各種文献を見ると、イネ栽培にはpH=5.5~6.5が適切だと示されている。他作物と比較すると、比較的酸性の土壌に強い部類だといわれているが、これはイネがもともと(日本よりさらに雨の多い)亜熱帯域からやってきた植物であることが関係すると思われる。さらに、イネの育苗用床土はより酸性に傾いたpH=5前後が適切だということも知られているだけでなく、イネの育苗期間中には時間の経過に伴ってpHがいっそう低下するという研究(参考文献3)からも、イネの耐酸性がうかがえる。

イネが酸性土壌でも生育できる理由の一つに、酸性土壌下でのアルミニウムに対する抵抗性があげられる。イネのゲノムからは複数のアルミニウム抵抗性遺伝子が見つかっているのだ(参考文献4)。アルミニウムへの抵抗性が解明されれば、酸性土壌に弱い他の作物への応用も期待できる。

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以上のように、酸性化に対する抵抗性がよく知られるイネであるが、あまりに高すぎるpHはイネの生長不良を引き起こす。酸性障害が起こると、イネの先端部の変色や枯死、根の暗色化などが現れ、ひどい場合は収穫が0になってしまうこともあるという(参考文献6)。pHを改善するには、やはり石灰などの散布が必要だ。

「近年イネの生長が良くない」という方は、一度田んぼの土壌分析や、pHを計測してみてはいかがだろうか? pHは比較的身近な数値であるにもかかわらず、土壌の見た目だけでは判断できない。もちろん、土壌分析で得られるほかの多くの計測値も同様だ。だからこそ、基本に戻って土壌の性質を数値として認識するのをおすすめしたいのである。

 

参考文献:

1.http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/miy03.html

2.http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/

3.長谷川栄一・武田良和・斉藤公夫・丹野耕一. 1989.水稲育苗床土の種類とpH推移.東北農業研究 42, 9-10

4.山地直樹・馬建鋒. 2015. 酸性土壌を突破する植物の戦略. 化学と生物 53, 8, 529-534

5.姜東鎮・石井龍一. 2003. イネの耐酸性機構に関する研究. 日本作物学会記事 72,2,171-176

6.http://www.nogyo.tosa.pref.kochi.lg.jp/info/dtl.php?ID=3342

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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