長崎県雲仙市「岳(たけ)棚田を若い力で守りたい」保全活動を支える若手農業者の想い

 

tanada1写真提供:雲仙市

長崎県南部、雲仙市千々石町にある岳棚田。島原半島の中心に連なる雲仙山系の麓の谷あいに約700枚の石垣の田んぼが密集し、日本棚田百選にも選ばれている場所だ。初夏、この棚田には小さな稲の苗が均等に植えられ、ゆっくりと時間をかけて成長した稲穂は、秋には黄金色へと変化していく。稲作の季節は、風の音しかしないような静かな場所で、四季折々にさまざまな表情を見せてくれる。

 

岳棚田の魅力は「環境」と「人」

その棚田の保全を、若手の立場で支える『千々石町農業研究会』会長の町田勇治さんは、「水がきれいで、お米を作るのに向いている場所」と話す。岳棚田には雲仙火山の恵みがもたらすミネラル豊富な湧き水が流れている。昼と夜の寒暖差が激しく、日照時間が短いという一般的に厳しいとも思われる環境でも、岳に住む人たちの管理と努力で力強く育ち、独特の甘みと粘り気があるおいしいお米ができる。ここで生産を続ける農家にはそれぞれ固定客がついているそうで、ほとんどが市場に出回らず、「幻の棚田米」と言われている。

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さらに岳棚田の魅力を「人の温かさ」だと町田さんは話す。岳地区には、山本哲郎さんという棚田保全の中心人物となる人がいる。山本さんは岳地区の地域の特性を良く知る農業者で、水の温度や空気の変化、稲の感触などを見て、お米の自然の力を引き出しながら稲作を行う職人のような人だという。

町田さんたち若手農業者でつくる農業研究会のメンバーは、10年ほど前に行われた「全国棚田サミット」の手伝いを山本さんの指導のもと行って以来、イベントが行われるたびに岳棚田のサポートを行ってきた。岳の人たちと話す機会が増えた町田さんは「山本さんや岳の皆さんの米作りに対する姿勢は、他の農作物を作る上でも参考になることが多い」という。町田さんは米以外に別の場所でジャガイモや玉ねぎを栽培している。機械化が進んだ現代の農業で忘れがちになる、土の感触や自然と向き合いながら農作物を育てる姿勢など、農業の本来の姿を山本さんや岳の農家を見て襟を正すことも多いそう。

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後継者不足が抱える課題から生まれた変化

そんな岳棚田でも、高齢化と後継者不足の波は現実問題として出ている。かつて100戸ほどあった生産農家も現在は60戸まで減り、耕作放棄地が増えている。棚田特有の地形に加え、きめ細かい管理が必要なこともあり、新たな後継者が生まれてこない。現在、農業ができなくなった農家の田んぼを借り、米を作る農業研究会のメンバーだけでは、補うことができないスピードで進んでいるのが現状だ。

しかし、明るいニュースもあった。全国棚田サミットの開催がきっかけで、長崎市の調理師専門学校・川島学園との交流が生まれ、「調理の技術を学び、社会に出て食を伝える者として、食材の大切さを学ぶ場」にしようと、米作りを体験する取り組みが9年前から始まったことだ。田植え・草刈り・稲刈りを調理師やパティシエの卵である生徒たちが行う。ほかにも学校ではなかなか知り合うことができない、食材の作り手である農家との出会いを通して、調理師としての成長につなげたいとしている。

町田さんたちはこの取り組みに指導者として参加している。田植え前の代掻き作業のほか、田植え・稲刈りの時は同世代や年下へ植え方、刈り方を教える。「学生に教えるのは難しいけど、自分たちも土を感じながら稲を植える感触を味わえるので、原点というか、新鮮な気持ちになります」と町田さん。この取り組みをきっかけに、町田さんたち農業研究会のメンバーが、専門学校を卒業した生徒と結婚するなど嬉しい話題もあった。1年の間に数回でも若者の声が響き渡る時期があること、若手農業者にも大きな影響を与えている岳棚田は「農業を学ぶ場所」であり、「人と人をつなぐ場所」でもあるのだ。

tanada4写真提供:島原新聞社

 

棚田を守る 一歩ずつでも未来に

今から5年ほど前、町田さんたち農業研究会のメンバーは岳棚田で獲れた米を粉にして、地元の菓子店などに米粉を使った商品作りを提案し、実現させたことがあった。米作りを体験している川島学園では毎年、学校の文化祭で棚田で獲れた米や米粉を使って、料理やお菓子を作り、販売している。棚田米のお菓子などは毎年買いに訪れるファンがいるほど人気なのだとか。川島学園の川島賢治学校長は「去年は天候不良などで、虫が大量に発生し、いつもより収穫量が減ったことで、生徒たちも食材の大切さ、農業の大変さをしっかり学ぶことができたと思う。これからも体験を続けて、棚田の魅力を伝える一助になりたい」と話す。

千々石町農業研究会の町田さんも「きれいな棚田と岳の稲作が潰れていかないようにしていきたい。米作りはこれからもっと厳しくなっていくかもしれないけど、たくさんの出会いがあるこの場所をもっと人の集まる場所にできるよう、支えていきたい」と意気込んでいた。季節を知らせる風とコンコンと湧き出る水が岳棚田の米を豊かに実らせるように、若い人たちの熱い想いが、少しずつでも棚田を守る力になることだろう。

tanada5写真提供:雲仙市

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