需要増加中の酒造適合米! ゲノム関連の研究はどうなっている?

バイオテクノロジーの進化はイネの品種改良をどんどんと推し進めている。移り行く環境や、消費者の嗜好の変遷に合わせるように栽培イネも変化してきたが、バイテクやゲノムに関する研究が変化をもたらしているのは、飯米だけではない。日本の誇る日本酒、それに使われる酒造好適米(以下、酒米)の研究もまた、各地で行われているのだ。本サイトでも酒米や酒に関する記事を多数紹介しているが、今回は酒米のゲノムに関連する研究をご紹介したい。

 

酒米のゲノムも解読されている

イネのゲノムを解読する『イネゲノムプロジェクト』が完了したのは2004年だ。このゲノムプロジェクトでは多くの水稲品種のルーツとなっている“日本晴”が材料となった。ゲノム解読までの過程やその意味、重要性は以前の記事で上梓した通りである。実は酒米でも2011年にある1品種について全ゲノムの解読が行われ、“日本晴”との比較が行われている。その品種とは、幻の酒米ともいわれる“雄町”だ。

sakamaikenkyu1※写真はイメージ

“雄町”は江戸時代から岡山県で栽培されている大粒の酒米である。1859年、備前国上道郡高島村雄町の岸本甚造によって見いだされた、2本の穂から栽培がはじまった。酒米として非常に優れた性質を示し、大粒で心白が大きく、“雄町”を使った酒は非常に芳醇な味わいになる。後年にはうわさを聞き付けた多くの人が“雄町”の種を求め、昭和初期には『最高の酒を造るには“雄町”を使う』というくらい、評価の高い酒米であった。

しかしながら、“雄町”は草丈が人の背丈よりも高い1.6mほどになるため風に弱く、また病虫害への抵抗性も低い。栽培の難しさから作付面積は減少の一途をたどり、一時は消滅寸前にまで追い詰められたが、後年その味の良さに酒蔵メーカーなどが着目。少しずつ栽培面積を復活させ、再び酒米として脚光を浴びている。

 

“雄町”のゲノムを飯米と比較すると…?

実は、現在栽培されている酒米の大多数はこの“雄町”を先祖にもつといわれている。酒米としての優秀さから、“雄町”を元として多くの品種がつくられたのだ。“山田錦”や“五百万石”といった有名品種も、“雄町”を先祖としている。“雄町”のゲノムを解読するということは、優秀な酒米に必要な遺伝子を見つけるのに役立つだけでなく、それを基盤として“雄町”と血のつながった多くの酒米品種の研究に応用できる可能性をもつ。

“雄町”のゲノム解読は、東京農業大学と独立行政法人農業生物資源研究所の共同研究で行われた。1997年から国際プロジェクトが本格化した“日本晴”のゲノム解読では、その前段階のプロジェクトを含めて10年近くが必要だったが、“雄町”のゲノムの際には分析機器などが発達していることから、より短い期間での解読ができたという。

sakamaikenkyu2▲塩基配列を決定する際に使われる機械の一例

 

解読された“雄町”のゲノムを“日本晴”と比較した結果、全塩基配列のうちの約16万箇所で何らかの違い(変異)があることが分かった。16万の変異のすべてが飯米と酒米の違いに反映されるわけではないが、この情報は酒米に適した遺伝子を調べる研究に大いに役立つ。

 

飯米と酒米の多様性から生まれる研究

さらに、2016年には神戸大学を中心とした研究グループが酒米86品種を含む日本の水稲176種について、ゲノムワイド関連分析(Genome-wide Association Study:GWAS)という手法による分析を成功させた。各品種の全塩基配列を決定し、多数の品種間で横断的に比較することで、形質の違いをもたらしている遺伝子を探し出す研究だ。この結果、農業上重要と考えらえる4つの遺伝子が新たに見つかった。4つの遺伝子はそれぞれ、『開花日を決定する遺伝子』、『穂の数、籾の数、葉の幅に影響する遺伝子』、『芒の長さに影響する遺伝子』、『開花日、草丈、穂の長さに影響する遺伝子』である。いずれも、新品種の開発に大きく関わりそうな遺伝子だ。

ゲノムワイド関連分析では、複数の品種や個体間でゲノムを比較することで、形質に影響を及ぼす遺伝子を探す。日本には特に多くの水稲品種が存在することや、栽培データの整理されたコレクションがあったことがこの研究を成功させた。飯米だけでなく、酒米の多様性もあったからこそ、イネの遺伝子研究が1歩進んだと言ってよいだろう。

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飯米同様、酒米の品種改良でもゲノム情報に基づいた開発が進んでいる。日本のみならず世界の人々の食生活を支える飯米に比べると酒米に関する研究は多くないが、近年の日本酒ブームや気候変動の観点からも、その必要性は年々増す一方だ。酒米からもたらされる研究結果は、これからさらに注目されていくことだろう。

 

参考資料:

全国農業協同組合連合会 岡山県本部

http://home.oy.zennoh.or.jp/omachi/index.htm

Discovery of genome-wide DNA polymorphisms in a landrace cultivar of Japonica rice by whole-genome sequencing.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21258067

東京農業大学「日本型イネ品種「雄町」の全ゲノム解読」

http://www.nodai.ac.jp/hojin/press/images/20110202.pdf

酒米品種群の成り立ちとその遺伝的背景

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan/107/10/107_710/_pdf

神戸大学「イネの品種改良につながる4つの新たな遺伝子を発見」

http://www.kobe-u.ac.jp/NEWS/research/2016_06_21_01.html

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)

“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

イネの生長を左右する! 植物ホルモン『ジベレリン』を知ろう

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植物の生長や細胞の働きを調節する物質を『植物ホルモン』という。高校で生物学を履修した人であれば、一度は耳にしたことがあるだろう。いくつものホルモンを使い分ける動物とは異なり、これまでに見つかっている植物ホルモンの数は10に満たないが、イネを含む植物の生長にもたらす影響は多大だ。今回は、そんな植物ホルモンの1種であるジベレリンをご紹介する。

 

そもそも、ジベレリンとは?

ジベレリン(GA)は植物内で作られ、細胞の伸長や種子の発芽、花芽形成などを促す植物ホルモンである。ただ1種類の化学物質ではなく、似たような構造で類似の働きをする物質の総称であり、その数は100を軽く超える。

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※GAの1例

 

GAのはたらきの中でも特に稲作やイネの品種改良に関わるのが、『細胞の伸長促進』だ。GAの作用する細胞では1つ1つのサイズが大きくなり、その個体の各器官が生長する。よく似たはたらきをするものに『オーキシン』という植物ホルモンがあるが、オーキシンが細胞を縦にも横にも大きくする作用があるのに比べ、GAは主に縦方向(生長軸方向)に細胞を伸長させるという違いがある。すなわち、1つ1つの細胞が縦方向に伸びて、茎全体が細く長くなっていくのだ。加えて、GAにはオーキシンのはたらきを高める作用もあるため、両方がはたらいている器官では、細胞の著しい成長を見ることができる。

稲作以外の農業でもGAは利用されている。種なしブドウをつくるときに、めしべをGA溶液に浸すことはよく知られているが、これは未授精の子房の細胞をGAの作用で大きくさせることで得られる。

 

ジベレリンを見つけたのは日本人!

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※写真はイメージです

実は、GAを世界で初めて発見、単離に成功し、命名したのは日本人研究者である。大正時代末期、台湾の農事試験場の技師だった黒沢栄一は、イネのバカ苗病に関する研究を行っていた。バカ苗病にかかったイネは正常個体よりも極端に徒長し、節間が長く倒伏しやすくなる。現在の日本では少なくなったが、当時は深刻なイネの病気だった。1926年、黒沢は、バカ苗病にかかったイネに寄生している菌類Gibberella fujikuroiが出す何らかの『毒素』がイネの異常な成長を引き起こすことを見出した。

 

その後、1935年に、東京帝国大学農学部教授であった薮田貞治郎によってGibberella fujikuroiの培養液からGAが単離された。GAの名は、この菌の名前からとられたのである。さらに3年後には同じ大学に所属していた住木諭介とともにGAの抽出と結晶化に成功した。

 

 

ジベレリンの過不足が引き起こすイネの変化

正常な植物であれば、GAを含む植物ホルモンは適切な時期に、適切なところではたらき、個体の生長や老化をうまくコントロールしている。GAの合成経路や、GAが作用する場所に何らかの異常があるような個体では、見た目にも大きな変化が現れる。

例えば、GAの作用が正常個体よりも弱いイネは草丈が小さくなる(矮化)。背の低いイネは重心が低く倒伏しにくいため、品種改良では重要視される形質の一つだ。1940年代から60年代にかけてアジアの食糧事情を劇的に改善した『緑の革命』で話題となった“IR8”など、多くの半矮性品種はSD1という遺伝子の変異を利用している。

このSD1はジベレリンを合成時に用いられる酵素(GA20酸化酵素)をコードしている遺伝子だ。SD1に変異が起こるとGAがうまく作れなくなり、矮化するというわけである。市販されている農薬には『矮化剤』というものがあるが、『トリアゾール系矮化剤』などは、やはりGAの合成経路を阻害することで矮化を促す仕組みだ。運動場などの芝生に、伸びすぎを防ぐため散布されることもある。

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では、逆にGAが多くはたらくとどうなるであろうか? ご想像の通り、草丈が伸びる。一般的な稲作の場合、稈長の長すぎるイネは倒伏しやすいため歓迎されないが、これを利用しているのが東南アジアで栽培されている『浮稲』だ。浮稲は、大量の雨や洪水の発生によって田んぼの水位が上がると、それに伴って茎が急激に伸長する。ほかの雑草などが水面下に沈んでも、浮稲の穂は水面から出たままでいられるため、無事に登熟・収穫ができるという珍しいイネだ。

浮稲となる品種では、水没するとSD1のはたらきが活発になり、GA合成量が増えることで草丈を伸ばしていることが明らかになっている。この仕組みは東北大学や名古屋大学などの研究チームによって解明され、2018年7月に発表された。

以上のように、イネの生長を大きく左右するGAは、日本の稲作や日本人研究者と浅からぬ縁をもっている。植物ホルモンを理解し、うまく利用することはイネをはじめとする農作物の生産に欠かすことができないのである。

 

参考資料:

「浮きイネ」の仕組みと起源を解明〜洪水で沈んでも背を伸ばして生き延びる〜

https://www.jst.go.jp/pr/announce/20180713/index.html

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)

“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

日本における作付面積の0.01%!“農林48号(ヨンパチ)”を求めて『武川筋』を歩く

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暦の上ではすでに寒露のはずだが、未だ季節はずれの暑さが残る10月のある日、山梨県の北西部に位置する北杜市武川町~韮崎市円野町一体を訪れた。ここは、『武川米(むかわまい)』と呼ばれるお米の産地であり、山梨県の米どころとしても知られている地域である。

東京都内のある高級寿司店が取り扱っているお米として、一躍注目を集めた“農林48号”という品種。この農林48号”が栽培・収穫されるのが『武川筋』と呼ばれるこの地域だ。普段お目にかかることが難しい“農林48号(ヨンパチ)”を求めて、稲の収穫真っ只中の田園を歩いた。

 

果樹王国山梨県で育まれた名産・武川米

収穫量日本一を誇るブドウやモモなど果樹王国として知られる山梨県にとって、秋といえば果物の収穫で大わらわとなる。しかし、ここ武川筋ではコンバインの音が響き、『もうひとつの収穫の秋』を実感させられた。

周囲を山に取り囲まれている山梨県は平地が少ないため、多くの水田が丘陵地帯に集中している。そのため、水田といえば段々畑――いわゆる棚田というのが常識化している。

mukawamai2▲韮崎市円野町の田んぼ。武川筋一体はこうした棚田が広がる

 

そのような環境の中、もともと武川筋一体は花崗岩が水に洗われた砂質土壌を有する肥沃な扇状地で、お米作りにも適していたとされる。しかも、鳳凰三山や甲斐駒ケ岳など南アルプスの雪解け水により水源も豊富であり、古来米栽培が盛んに行われてきたエリアでもあるのだ。

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▲『武川筋』とは、「教来石(きょうらいし)から御勅使川(みだいがわ)までの釜無川右岸一体の総称」(引用:武川村誌)のことで、現在の北杜市白州町教来石~韮崎市龍岡町あたりとなる。

 

武川米の歴史も古く、甲斐武田家の始祖、武田信義の時代まで遡る。信義は戦国時代に名を馳せた武田信玄の先祖である。この時代、武川筋を領地としていた『武川衆(むかわしゅう)』と呼ばれる武士集団が、自領地で収穫されるお米に武川米と名付けた。これが鎌倉時代初期の話なので、武川筋におけるお米の栽培はそれ以前からすでに行われていたことがわかる。

 

「ヨンパチ」の愛称で親しまれ、武川筋だけで収穫される“農林48号”とは

“農林48号”は、昭和24年に愛知県の農業試験場で誕生した品種だ。当初は山梨県以外の地域でも栽培されていたお米だが、病気に弱い性質から徐々に敬遠されるようになり、山梨県の武川筋で細々と収穫されるだけになってしまう。

mukawamai4▲“農林48号”の稲穂。地元の人たちだけで消費する、いわゆる『縁故米』として細々と収穫が続けられ、現在でも、武川筋以外では”農林48号”の収穫は確認されていないとされる。

 

“農林48号”の収穫量は、山梨県全体の米収穫量に対してたった4%(平成27年度)しかない。ただでさえ新潟県や宮城県といった米どころと比べると、圧倒的に収穫量が少ないのだ(H29年の田耕地面積は新潟県の約半分ほど)。しかも収穫量に至っては、東京、沖縄、神奈川、大阪に次いで全国ワースト5に入る少なさ。

さらに、平成30年における水稲作付面積が全国で159万2,000haであるのに対し、山梨県の水稲作付面積は4,930ha。“農林48号”の作付面積にいたっては180ha(平成27年時点)ほどなので、日本全国における“農林48号”の占める割合はたった0.01%なのだ。この数字を見れば、どれほど珍しいものであるかがおわかりいただけるだろう。それにも関わらず、なぜ細々と収穫が続けられ、高級寿司店でも使われるほどのお米なのか。

 

地元の農家さんに話を伺ったところ、「収穫したての時期は“コシヒカリ”でも“ヨンパチ”でもそれほど違いはない」のだそうだ。しかし、梅雨の時期になると品質に違いが出始めるという。「梅雨を過ぎると普通のお米は質が落ちてくる。でも“ヨンパチ”は全然質が落ちない。だから、食べ方にこだわる人は梅雨の前まで“武川米コシヒカリ”を食べて、梅雨以降は“ヨンパチ”を食べるんだよ」と、教えてくれた。

そして何より、「“ヨンパチ”の真骨頂はおにぎり。本当に美味しいから!」という農家さんの言葉がすべてを物語る。“農林48号”が他のお米よりも優れているのは、冷めても妙なネバつきがなく、パサパサもしない。ふっくらとしたお米本来の味わいを、しっかりと残している点にあるのだ。

 

武川筋で収穫される『武川米』と『武川産米』

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現在の武川米の主力は、“コシヒカリ”と“農林48号”である。筆者が武川筋を訪れたときはすでに”コシヒカリ”の収穫が終わりに近づき、これから”農林48号”が収穫の最盛期を迎える時期であった。

これら『武川筋で収穫されるお米の総称』として『武川米』という言葉が使用されているが、「同じ武川筋で収穫された武川米でも、ここらで収穫された武川米と他の武川筋で収穫された武川米は、呼称が少しだけ違うんだよ。」と、教えてくれたのは、『農事組合法人 武川ファーム組合』 代表理事の亀井重治さんだ。

亀井さんによると、「武川筋で収穫されるお米は『武川米』だけど、旧武川村(現北杜市武川町)で収穫される武川米は『武川産米』と呼ぶ」のだそう。

消費者としてはややこしく、わかりにくい表現かもしれない。しかしそこには、山梨県随一の米どころとしてのプライドを垣間見ることができる。美味しいお米が育つ武川筋。そして、その武川筋の中でももっとも良質なお米が育つエリアで収穫されるお米。それが”農林48号”を筆頭とした『武川産米』なのである。つまり、『武川産米』は武川米のエリートとでもいったところなのだ。

mukawamai6▲韮崎市円野町から北杜市白州町の武川筋に沿って走る国道20号線沿いに、『武川町農産物直売センター』がある。もちろん100%武川町で収穫された『武川産米』が並ぶ。

 

おいしいお米ほど手間がかかる。稲作の歴史にも思いを馳せていただくお米

北杜市にある『北杜市郷土資料館』には、今では目にすることさえ困難になった貴重な稲作関連の道具が展示されている。平地の少ない山梨県にあって、米作りとは山間部開拓の歴史でもあったのかもしれない。現代の農機具に比べたら遥かに原始的な道具だけで歴史を切り開いてきてくれた先人たちへの感謝がふつふつと湧き上がるのを感じる。

mukawamai7▲北杜市郷土資料館(北杜市長坂町中丸)

 

mukawamai8▲北杜市郷土資料館には昔懐かしい道具が展示。江戸時代から昭和初期にかけて実際に使用されてきた農具とされている。

 

武川筋を歩きながら何人かの農家さんとお話させていただいた。印象深かったのは、「”ヨンパチ”は水の管理なんかも大変だから、”コシヒカリ”へ切り替えちゃう農家もあるよ。」という言葉。

この地にはその昔、江戸時代に登場し昭和初期まで栽培された“高砂”という品種があった。つや・味・香りの三拍子揃ったお米であり、明治時代になると宮内庁に納められるようになった評判のお米だ。しかし、作り方が難しく、戦後に自然消滅してしまった”高砂”。美味しいという評判の高いお米ほど、栽培には非常に多くの手間も必要になるものなのかもしれない。手間がかかりすぎるがゆえに、他の品種へと切り替えてしまう農家も決して少なくはないのだろう。その結果、『希少なお米』『幻のお米』などと呼ばれるお米も多い。

 

もちろん、普段から私たちがいただいているお米も十分に美味しいことは間違いない。だが、全国に点在する幻となりつつある品種は、得てして美味しさのレベルが違うように感じる。そこには、長きに渡り先人たちの技術や知恵によって大切に守り育てられてきた、思いが詰まっているからではないだろうか。

季節は収穫の秋。稲作文化をここまで守り抜いてきてくれた先人たちを思いつつ、たまにはごはんそのものにも目を向けてみよう。おかずでごはんを楽しむのではなく、ごはんそのものの味を楽しむ日を作ってみるのもおすすめだ。

 

参考資料・サイト:

国土交通省関東地方整備局富士川砂防事務所発行「釜無川右岸流域風土記」

武川村誌

農林水産関係市町村別統計/米の品種別作付面積及び収穫量

山梨県の水田農業
http://www.pref.yamanashi.jp/kakinousui/11538268488.html

幻の米 武川48とは
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~mukawa48/003.html

山梨のお米
http://www.yn.zennoh.or.jp/eat/rice.html

北杜市郷土資料館

 

文:小須田 こういち

山梨県在住のライター。地域の身近な情報から歴史、ペットといったテーマまで幅広く取材・執筆をこなす。農業生産者との対話を通した記事の作成も行っている。

アジアイネ、アフリカイネ…知っているようで知らない、様々なイネの仲間。

地球規模の気候変動や環境変化が叫ばれる昨今。『これまで通り、同じ品種のイネをつくり続けられるのだろうか…』と不安を感じる農家もいるだろう。日本国内では気候の変動に耐えうるような新品種開発が盛んに行われているが、ハイスピードで進む変化に追いつかない可能性もある。そんな時は、他国のイネに目を向けてみるのも面白い。日本と異なる環境で育つイネを改めて見渡せば、これからの稲作に光を投じるヒントが見つかるかもしれない。

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栽培されているイネはたった2種

私たちが育て食べ続けているイネは、イネ目イネ科イネ属に分類されている植物である。イネ属には20以上の種が属しているが、食用目的で主に栽培されているのはその内のわずか2種に過ぎない。アフリカ大陸の一部で用いられている『アフリカイネ(学名:Oryza glaberrima)』と、アジアで生まれ世界中で栽培されるようになった『アジアイネ(学名:Oryza sativa)』である。

アフリカイネは、アフリカ西部のニジェール川流域で栽培が始まったと考えられている。Oryza barthii(以下、バルシー)という野生種が栽培化されることで本種になった。バルシーは深い水たまりのような湿地を好み、実は赤く、長いノギ(芒)をもつ。栽培品種よりも実った種子が落ちやすいのだが、この脱粒性の高さは一般的に栽培種と野生種を見分けるポイントの一つだといわれている。脱粒性が高い方が、植物としては子孫をばらまきやすい。

 

アジアイネについては諸説あるが、中国・雲南省やミャンマー、ラオス周辺の山岳地帯が起源だと見られ、野生種のOryza rufipogon(以下、ルフィポゴン)が栽培化されたものと考えられている。ルフィポゴンも失われた種ではなく、現在も「野生イネ」として知られている。栽培品種のものよりも小さな赤い実をつけるが、やはり脱粒性が高く、圃場に雑草として生えると収穫時に混ざってしまうため厄介者扱いされている。日本よりもアメリカなど、直播によって大規模栽培を行うところでは特に大きな問題だ。

 

アジアイネはさらに3タイプに細分される

長い年月をかけて人間の生活に合うような形質が選抜され続けることで、栽培されるイネの姿や性質は少しずつ変化してきた。アジアイネの原産地から種子が持ち出され、ほかの地域でも栽培が始まると、その違いはさらに大きくなり、3つのタイプに分かれていく。

南進し、熱帯の東南アジアやインドで栽培されるようになったアジアイネはインディカ(インド型)に、同じ南でも標高の高い地域で育つようになったものはジャバニカ(ジャワ型)というタイプに変化していった。そして、原産地より北の地域で育つようになったタイプが、現在日本で広く栽培されるジャポニカ(日本型)である。日本に渡来したジャポニカのイネは長い期間を経て品種改良がおこなわれ、数百におよぶ栽培品種が生み出されてきた。品種改良研究の歩みは止まらず、毎年多くの新品種が生まれているのはご存知の通りである。

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粘りが強く米粒の形が丸いジャポニカに比べ、インディカやジャバニカは粒が細長く、あっさりとした味・食感のものが多い。これらのお米は日本では俗に『タイ米』などと呼ばれ、エスニック料理の材料として用いられるほかは、米菓などのために加工用米として使われることがほとんどだ。

 

しかしながら、今後の気候変動や環境変化によっては、日本でもインディカやジャバニカを積極的に栽培する農家が現れる可能性は十分にあるだろう。一般的に『パサパサしている』といわれるインディカ米だが、品種によっては粘りの強いものもあり、日本人の味覚に合った品種が今後登場することも考えられる。コメの品種改良を行っているのは日本だけではない。ジャポニカ米以外の動向や新品種をチェックして行くことも大切だ。

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バイオテクノロジーによって築かれる、新たな品種開発の道

これらの様々なイネを掛け合わせて、それぞれの種の長所を合わせもった新品種をつくる試みも行われている。とはいえ、同じアジアイネでもジャポニカとインディカはそれぞれのタイプに分かれてから相当の時間が経過しており、遺伝的な変異が蓄積しているため交雑は簡単ではない。ジャポニカ同士の品種の掛け合わせよりもずっと時間や技術が必要になるし、交雑種ができたとしても2代目、3代目が続かないことがほとんどだ。

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イネの雑種で注目を集めているのが、アジアイネとアフリカイネの交雑種『ネリカ』である。1994年にWARDA(西アフリカイネ開発協会)が作製に成功したこのイネは、アフリカイネ特有の強い雑草耐性と、アジアイネの多収性を併せ持つ。安定した収量が確保できるような品種が一般に普及すれば、今後のアフリカの食糧事情を一変させるかもしれないと期待されている希望のイネだ。

 

前述の通り、イネの交雑はアジアイネ内の各タイプ間ですら難しい。アジアイネとアフリカイネという別種のイネの掛け合わせも従来困難とされていたが、葯培養や胚培養など様々なバイオテクノロジーを駆使して生み出された。その後も多様な系統のネリカが誕生し、現地では普及活動も行われ始めている。

ネリカのように自然下で交雑しえない別種の掛け合わせ品種をつくる技術の発展は、新品種開発のすそ野を広げる。日本のお米の品種間掛け合わせでは生み出しえない、画期的な性質をもつイネが同様の技術によって生まれる未来もやってくるのではないだろうか。

 

参考文献:
アフリカの飢餓を救うネリカ米(国連開発計画(UNDP))

http://www.undp.or.jp/publications/pdf/Nerica.pdf


文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

いもち病防除への新展開?いもち病感染に関わる重要遺伝子『RBF1』とは

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農林水産技術会議は2002年から、その年に発表された農業関係の研究成果で特に重要とみなされたトピックスを選定し『農業技術10大ニュース』として発表している。2017年の10大ニュースには、ITやロボットを活用した農業技術の研究が多く見られたが、そのうちの一つに〔いもち病菌の感染のかなめとなる遺伝子『RBF1』の発見〕があげられた。

今回はイネの耐病性研究に関する重要な話題として、この『RBF1』といもち病の関係を解説する。

 

感染し、感染される。そのメカニズムはとても複雑。

イネに限らず、様々な作物や野菜、植物たちは自身の命をつなぐため、多かれ少なかれ病気に対抗する性質をもっている。葉の表面には菌の侵入を防ぐ層をつくり、万一侵入された場合には抗菌物質で戦い、それでもだめなら感染した自分の細胞を殺してしまうことで病気の拡大を防ぐのだ。殺菌剤や防除剤の開発が進んだ今の時代には忘れがちになるが、どんな植物も潜在的な防御機構を備えているのである。

一方、病気の原因となるウイルスや細菌だって、自分の子孫を増やしたり住処を得るために必死だ。植物の防御機構をあの手この手で抑え込み、感染を拡大させる。植物の病気を予防するためには、病原菌自体を殺菌するだけでなく、どのようなメカニズムで感染が引き起こされるのかを突き止めることも重要だ。しかしながら感染する側もされる側も、多くの場合はいくつもの遺伝子やタンパク質の働きが複雑に関連する現象であるため、その実態解明は困難を極める。

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イネの病気の中でも特に甚大な被害をもたらすため、昔から重要視されてきたのがいもち病だ。いもち病は、学名をPyricularia oyzaeという糸状の菌が原因となる病気で、感染するとイネが枯れたり、成長が止まってしまう。

様々な農薬や抵抗性品種がつくられてきたが、いもち病菌がどのようにして植物の防御機構をかいくぐっているのかは解明されずに時間が流れてきた。その間にも、薬剤への抵抗性を備えたり、耐病性品種を上回る変異株が誕生するなどし、根本的な解決には至っていない。いもち病の感染メカニズムの解明は急務とされてきた。

そこで農研機構は、岩手生物工学研究センターゲノム育種研究部、東京大学生物生産工学研究センターとともに、いもち病の感染メカニズム解明を試みた。

 

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いもち病の感染に必須の遺伝子RBF1の発見

いもち病菌は感染相手にとりつくと、菌糸を伸ばして細胞の中へ侵入する。イネの葉の表面は、水をはじき細菌の侵入を防ぐワックスで覆われているが、いもち病菌はワックスを溶かして細胞に侵入していく。

侵入した菌糸の周辺にはBICとよばれる構造体ができることが分かっていたが、この構造体はどんな役割を果たしているのか、そもそもイネといもち病菌のどちらのはたらきで作られたものかも不明だった。

このBICの中には、イネの防御機構を抑制するタンパク質が内包されている。宿主の免疫機能を抑え、感染を有利に進めるタンパク質はエフェクターと呼ばれる。BICから様々なエフェクターがイネの細胞内に放出されると、イネへの感染が進行するのだ。

いもち病菌が感染を始めると、菌の細胞では200以上の遺伝子が活発にはたらき始めるが、そのうちの1つがこのBICを作り出すカギになる遺伝子だということが判明した。その遺伝子こそ、『RBF1』である。

RBF1を持たないいもち病菌の変異体(以下、RBF1破壊株)は、イネに感染しても菌糸にBICが形成されなかった。菌糸からもエフェクターは放出されるが、BICがあるときと比べると、イネの細胞内へ侵入しにくくなる。

また、RBF1破壊株はイネへの病原性が著しく低下することも確かめられたことから、いもち病菌によるBICの形成、すなわちRBF1がいもち病の拡大に必要な遺伝子であることが決定的となった。RBF1破壊株が感染したイネは、感染部の細胞が死んでしまい、それ以上の菌の侵入を阻むことができるのだ。本来イネの持つ防御機能が正常にはたらいた結果だと考えられる。

 

新たないもち病の予防法に期待

『いもち病菌はRBF1がないと感染を拡大することができない』。この結果は、いもち病予防のための新しい方法を生み出す手掛かりになると期待されている。RBF1の働きを阻害する方法やメカニズムを突き止めるため、さらなる研究開発が進行中だ。また、いもち病菌が作るいくつものエフェクターが、イネの細胞内でどのように機能しているのかを突き止めるための研究も必要となる。

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古くから使われてきた防除剤や殺菌剤などには、『何で効くのかというメカニズムはわからないけど、効くから使っている』というものも少なからずあった。遺伝子やゲノムの情報をもとに病気予防や防虫の方法を考えることは、的確かつ根本的な研究開発に不可欠だ。研究室の顕微鏡や分析機器の下で得られた結果は決して科学者だけのものではない。日々生み出される実験結果は確実に、現場の農家を支える新たな技術の土台になっていく。

 

参考:

農林水産技術会議

http://www.affrc.maff.go.jp/docs/press/171220.html
PLOS PATHOGENS
http://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1005921
公益財団法人日本農芸化学会 化学と生物
https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=817

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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