反対派も賛成派も、まずは基本を知ろう。『遺伝子組み換え』技術とは?

 

バイオテクノロジーを使った品種改良法のうち、『遺伝子組み換え』は多くの人の関心事であろう。インターネット等で遺伝子組み換えについて知ろうとすると、組み換え食品への反対運動やその逆の推奨記事など、実に多様な情報が現れる。しかし、その技術について偏見なく解説したものはあまり多くないように思う。本記事ではイネの遺伝子組み換え法を、できるだけ中立的な立場からご紹介したい。

 

DNAを切り貼りする技術を応用して、必要な品種を作る

遺伝子組み換えとは、もともとその生物が持っていない遺伝子を導入するなどして、それまでにない形質の品種を作り出す技術である。遺伝子組み換え技術が確立される以前、各作物では優良個体の選抜や人工交雑によって新品種を作り出していたが、これらは特定の形質をピンポイントで出現させることが難しく、運に左右されることも少なくなかった。また、交雑が困難な品種同士の掛け合わせが必要であったり、別種の生物の持つ形質を利用したい場合などは、それを諦めざるを得なかったのである。

遺伝学の発展とともに、生物の形質を決めるのが遺伝子だということが判明し、遺伝子はDNAによってコードされていることが分かると、そのDNAを切ったり貼ったりする技術が確立された。DNAはすべての生物が持つ共通の物質である。他の生物のDNAを持ってきて、別の生物のDNA中に入れ込んだり、1つだけの遺伝子を調節することが可能になっていった。

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アグロバクテリウムによる遺伝子組み換え

イネに限らず、多くの遺伝子組み換えに利用されている『アグロバクテリウム』という細菌がいる。アグロバクテリウムには、植物に寄生して、自分のDNAを宿主の細胞のDNAに組み込ませるという性質がある。

アグロバクテリウムの体には自分自身の体の設計図であるDNAのほかに、『プラスミド』という環状のDNAを持っていて、プラスミドを宿主の細胞に侵入させるのである。プラスミドによってアグロバクテリウムのDNAが組み込まれた植物細胞は、アグロバクテリウム本体に有用な物質を作るようになる。

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バイオテクノロジーの技術者はこの性質を利用することにした。アグロバクテリウムのプラスミドの一部を切り取り、そこへ使いたい遺伝子をコードするDNAを組み込ませる。そしてこの組み替えられたプラスミドをもつアグロバクテリウムを、対象となる作物の細胞に感染させることで必要な遺伝子を組み込むのである。自然に存在する細菌の特性と、生化学の技術を組み合わせた技術だ。

アグロバクテリウムを使ったもの以外にも遺伝子を組み替える方法は存在するが、イネではこのアグロバクテリウム法が主流である。

 

遺伝子組み換えの歴史と品種

遺伝子組み換えの歴史は比較的浅い。1973年のアメリカで、アグロバクテリウムと同様にプラスミドを持つ大腸菌へ人工的にDNAを組み込んだのが初めの成功例である。これは製薬や遺伝子の研究にとって画期的なことであった。

例えばインスリン(糖尿病の薬)の製造は、大腸菌へインスリンを作る遺伝子を導入し、大腸菌の中でインスリンを作らせてそれを抽出している。80年代に入ると農作物への転用を目的とした研究が本格化し、1984年にアメリカで遺伝子組み換えのタバコが誕生した。その後も様々な農作物への応用が試みられ、イネでも有用な形質をもった新品種の開発が行われている。

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遺伝子組み換えによってつくられた作物はGM作物とも呼ばれる。GM作物の開発ははじめ、『農家の負担を減らす』という方向性で行われていた。除草剤に強い性質や、低温や病気への抵抗性など、より安定した生産を求めてつくられたGM作物は『第一世代』と呼ばれている。

その後、生産者の利益だけでなく『消費者に有用な形質』をもった品種の開発がすすめられた。例えば、ビタミンなどの成分を多く作る遺伝子を導入するといったものだ。食べる人のため、という目的で作られたGM作物は『第二世代』と呼ばれる。ビタミンAの含有量を高めた“ゴールデンライス”はその代表である。

そして、近年『第三世代』と呼ばれるGM作物の開発も進行中だ。第三世代のGM作物は『環境問題への対応』などが目的とされる。実際に開発が進められているものには『カドミウム(Cd)の吸収を促進するイネ』がある。Cdは摂取すると人体に悪影響を及ぼす元素であり、これによって引き起こされた病気がかの有名な『イタイイタイ病』だ。Cdに汚染された地に、積極的にそれを吸収するよう遺伝子を組み替えたイネを植え、収穫して焼却すれば地中に広がっていたCdを灰へ集めることが可能になる。


ほかにも多様な新品種の開発が各機関で進められているが、国内では今のところ販売用の遺伝子組み換えイネは作付けされておらず、いずれも研究段階だ。

GM作物については賛否両論があるが、賛成派も反対派もまずはその基礎知識を偏りなく抑えることが大切である。技術やその影響を正確に把握したうえで、良し悪しを判断してみよう。

 

◆育種法早見年表

1903年 加藤茂苞らが品種改良実験を本格化
1904年 イネの人工交配に成功。『交雑育種』が本格化
1949年 人工交配の際に花粉を無効化する温湯除雄法案出
1960年 放射線育種場(茨城県)設立
1968年 葯培養によるイネの半数体が生み出される
2004年 イネのゲノムがすべて解読される

 

参考:
(独)農業生物資源研究所 http://www.maff.go.jp/j/syouan/johokan/risk_comm/k_kekka_idensi/h170629/pdf/data1.pdf
遺伝子組換え作物をめぐる状況 http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/issue/pdf/0686.pdf
『農学基礎セミナー 植物バイテクの実際』大澤勝次・久保田旺(農文協)

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

花粉をイネにする!?開発速度UPの技術『葯培養』とは

花粉をイネにする!?開発速度UPの技術『葯培養』とは

 

今回ご紹介するイネの育種技術は『葯培養(やくばいよう)』である。普通の農家であれば、育成や交配の方法は何となく知っていても、葯培養についてはあまり聞いたことがないであろう。この技術は新品種を開発するというよりも、開発のスピードアップを目的に行われることが多い。

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花粉だけからイネを作り出す『葯培養』技術

植物は、雌しべの胚が雄しべの花粉から送られた精細胞を受け取って受精し、次世代となる種子を形成する。胚には母親からもらった遺伝子が、精細胞には父親からもらった遺伝子が含まれており、受精することで両親の遺伝子をもった子孫が誕生するのは皆さんご存知の通りだ。

『葯培養は名前の通り、花粉の入った袋である葯を培養することで、新しい個体を得る方法である。言い換えるなら、『花粉(精細胞)だけから子どもをつくる』技術ということになる。受粉していないのにイネを成長させることができるのか?と疑問に思われる方もいるだろう。精細胞に含まれている遺伝情報には、それ単独でも植物のほぼ全身の設計図が書き込まれている。その生物が生きていく上で必要なすべての遺伝情報を『ゲノム』というが、精細胞には1セットのゲノムが入っていると言い換えることもできる。そして、胚にも母親由来の1セットのゲノムが入っている。すなわち『受精=ゲノム2セットが1組になること』なのである。ゲノムが2セットになった時点で片方の親に由来する遺伝の情報が強く出たり、細胞分裂を繰り返す途中にDNA*1が絡まって新しい情報が生み出されるため、子どもは多様な形質を示すのだ。

 

『カルス形成』と『コルヒチン処理』

さて、花粉(精細胞)にはゲノムが含まれているので、受精せずとも細胞分裂を促せば植物の全身を作る能力は潜在するということになる。しかし、私たちの皮ふの細胞が簡単に筋肉や神経になることができないように、一度花粉の細胞になってしまったものを葉や茎にすることは自然界では不可能だ。

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ここで使用されるのが、カルス形成という技術である。『カルス』とは植物細胞の塊なのだが、『なににも分化しておらず、これから葉にも根にも茎にもなれる』状態の細胞である。それまで葉や実や花粉といったいろいろな種類に分化していた細胞を完全にリセットしてしまうのだ。特定のホルモンや栄養を添加した培地に葯を置いておくと、花粉がカルスになり、さらに別の薬品を加えることで花粉のカルスからは葉や根が出てくる。

イネのカルスを育てると、普通の個体より小さなイネが育つ。正常な受精をしたものの半分のDNAしか持っていないカルスからの個体(半数体という)は、根や葉はできても正常な大きさになれず、発芽能力のある籾をつけることはできないのだ。この半数体の小さな個体をコルヒチンという物質の入った液体につける。コルヒチンは染色体*2を2倍にするという性質を持っており、コルヒチンで処理された個体の細胞はDNA量が正常個体と同じになる。こうなると、もはや受精によって誕生した個体との差がなくなる。ここまでの処理を乗り切った花粉由来の個体は、籾を付け次世代を生み出すことができるようになるのだ。

 

葯培養は新品種開発のスピードを劇的にアップさせた

なぜ花粉から個体を作ることが必要なのだろうか?分離育種法交雑育種法では、有用な個体を選抜してから何世代も交配を繰り返す必要がある。なぜなら、親が目的とする形質を持っていても、子がその形質を必ず受け継ぐとは限らないからだ。精細胞と胚の2セットのゲノムがペアになることで「子どもは多様な形質を示す」と前述したが、新種開発ではこれが問題となるのである。品種は育てれば必ずすべて同じ形質の個体が現れる『純系』でなくてはならない。

ところが、花粉からできた個体は父親由来のゲノムしか持っておらず、それを2倍にすれば同じゲノムを2セット持つ個体が得られる。それを2〜3世代育てると形質は固定され、純系を作り出すことができる。何世代もの育成と個体選抜を繰り返す必要がないため、時間と労力がぐっと節約できるようになった。一般的に8〜10世代、ときに10年以上の時間をかけて作る新品種が、半分以下の年数でできるようになったのだ。

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葯培養の原理を簡単に書いてきたが、問題点も存在する。品種によっては培養がうまくできないものもあるのだ。また、花粉の入った葯を丸ごと培養するので、花粉ではない細胞からできたカルスが混ざってしまうこともある。それでも、この技術がもたらした成果は大きい。1968年にイネの半数体が初めて作られ、1987年に北海道で葯培養を利用した品種“上育394号”が初めて誕生した。それ以降多くの新品種開発に用いられている。新しい食味や性質をもった品種が次々と求められる時代において、葯培養のことを知っておくのは無駄ではないだろう。

 

*1 DNA…DNA(デオキシリボ核酸)は遺伝情報を記すための物質である。遺伝子やゲノム、染色体という言葉と混同しやすいので整理しておきたい。ゲノムが『全身の設計図が記された本』だとしたら、遺伝子は『筋肉の作り方、骨の作り方……などのそれぞれの説明文』、そしてDNAは『説明文をかくための1文字1文字』というイメージだ。

*2 染色体…DNAは長くつながった糸のような状態で細胞の核にしまわれている。細胞分裂の時になるとDNAがまとまって太い棒のような構造体である『染色体』になる。染色体が2倍になるということは、DNAの量が2倍になり、ゲノムは新しい1セットができる、ということになる。

 

◆育種法早見年表

1903年 加藤茂苞らが品種改良実験を本格化
1904年 イネの人工交配に成功。『交雑育種』が本格化
1949年 人工交配の際に花粉を無効化する温湯除雄法案出
1960年 放射線育種場(茨城県)設立
1968年 葯培養によるイネの半数体が生み出される
2004年 イネのゲノムがすべて解読される
2017年 ゲノム編集されたイネの屋外栽培実験開始

 

参考文献:
『植物バイテクの実際』大澤勝次・久保田旺(農文協)
『イネの育種学』蓬原雄三(東京大学出版)

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

イタリア発 “カルナローリ米”一筋の生産者が生みだした“熟成米”

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日本では、寿司には新米よりも古米が向いているといわれている。おいしいお米といえば新米を思い浮かべるのが常識であるが、実は古米はイタリアにも存在する。1年から7年寝かせたお米を缶に入れて販売する、という独創的なアイデアを生みだしたのは、北イタリアピエモンテ州でイタリア米の“カルナローリ”品種に生涯をかけたある男性だった。

 

世界中の一流シェフ御用達のお米“アクアレッロ”

2017年末に亡くなったイタリア料理界の重鎮、グアルティエーロ・マルケージ。マルケージは、彼の十八番“リゾット・アッラ・ミラネーゼ”を調理する際には、必ず“アクアレッロ”というブランドのお米を使用することで有名であった。
また、フランス料理の雄アラン・デュカスもその著書でアクアレッロのお米について触れているほか、アメリカ元大統領夫人ミシェル・オバマが贔屓にするシカゴのレストラン『スピアッジャのオーナー、トニー・マントゥアーノもアクアレッロのお米の大ファンとして知られている。

ミシュランの星つきのシェフたち、アニー・フェオルデ・ピンキオッリ、マッシモ・ボットゥーラ、ジャンフランコ・ヴィッサーニ、ダヴィデ・オルダーニ、ヘストン・ブルーメンソール、トーマス・ケラー、河合隆良などのそうそうたるメンバーが、アクアレッロのお米を使ったレシピを紹介し、またアクアレッロについて触れているのである。

北イタリアの一米生産業者が、ここまで世界中の一流シェフたちに愛される理由は何であろうか。

carnaroli2写真はイタリア料理界の重鎮であるグアルティエーロ・マルケージ氏

 

探求心旺盛な建築家の経営者ピエロ・ロンドリーノ

carnaroli3ヴェルチェッリ地方の水田

『アクアレッロ』があるヴェルチェッリの平原は、歴史的に水田に非常に適した土地として知られてきた。環境にも考慮したお米の栽培を行っているアクアレッリの土地には、カエルやトンボが数多く生息している。

先代チェーザレ・ロンドリーノが、ヴェルチェッリ平野にあるトッローネ・デッラ・コロンバーラの地を購入したのは、1935年のことであった。肥沃な土壌とお米の栽培に最良の水質を誇るコロンバーラは、当時から現在にいたるまでまったく風景が変わらない。チェーザレが夢見た「稲作に関する博物館の設立」のために、数多くの農具や稲作に関する資料も保管されている。

チェーザレの息子ピエロ・ロンドリーノは、1971年に建築学科を卒業したものの、父とともにお米の栽培に従事することを決意、持ち前の学究肌をいかし“カルナローリ”に関する研究を数十年以上にわたって重ねてきた。ピエロは、『品質』について神経質なほどこだわっている。「標準レベルを維持する」だけでは、高い品質を誇るお米の生産ができない。それでは、標準以上の品質の米を作るには、なにをモチベーションにしたのであろうか。

 

イタリア料理に即したお米“カルナローリ”

carnaroli4シチリアの米料理「アランチーニ」

ピエロが熟考したのは、歴史あるイタリアの食文化に即した「お米」であった。お米の料理の代表である“リゾット”だけでなく、イタリア中部や南部の郷土料理である“スップリー”*1 や “アランチーニ” *2 といったお米の料理に共通点はあるのか。

ピエロは、これらのお米の料理の重要な点は、「米がいかにして調味料を吸収するか」に尽きることを発見する。そして、1945年に“ヴィアローネ”と“レンチーノ”という種の交配で生まれた“カルナローリ”が、この性質を有していると確信したのである。しかし当時、カルナローリの生産業者は非常に少なかった。

イタリアでは現在でも、カルナローリよりも“アルボーリオ”のほうが普及している。カルロナーリはアルボーリオと比べ、お米の粒が細長い。また、粒が固く、デンプン質が多いカルナローリは、より長い調理時間を要するが、その分水分や調味料の吸収も良いといわれてしばしば「米の中の王」とも呼ばれている。

carnaroli5ローマの米料理「スップリー」

 

より高い品質を求めてたどり着いた『お米の熟成』

標準レベルの“カルナローリ”ならば、誰にでも栽培できる。しかし、他より抜きんでた品質のカルナローリの生産のために、ピエロは『米の熟成』というアイデアにたどり着くのである。このアイデアが実現したのは1992年、「新しい概念で生まれた古い米」というモットーのもと、サイロで1年から7年にわたりお米を低温で保存。この工程により、デンプンがより安定し調理の際にお米の味と調味料がさらに凝縮することが証明された。

そして、精米は1875年に発明された回転翼車で行われる。この機械は、回転が遅いために粒と粒のあいだに適度な摩擦が生まれ、お米の粒に傷をつけないというメリットがある。ただし、通常の精米機であれば6秒で済む作業が、この回転翼車では10分かかるため時間もコストも大きく上昇する。ピエロはしかし、この精米法がお米のためには最良であることを確信しているのだ。

また2009年には、精米の際に廃棄される籾殻の胚芽と、精米された白米を特殊な機械で16分混ぜ合わせて、胚芽部分の甘味と栄養素を白米に再吸収させるという技術で特許を獲得。ピエロは、玄米の栄養分の高さや独特の甘味を評価しながらも、玄米は水分や調味料の吸収が悪いことを理由に、白米の生産にこだわっている。


自ら開発したこの技術について、「白米でありながら、玄米の豊富な栄養分と甘味を持ち合わせるお米が、50年の研究の末に生まれた」と、彼は語っている。また、アクアレッロのシンボルでもある『缶』のパッケージというアイデアも、熟成米と時を同じくして1992年にピエロが思いついたものである。当時は、販売するお米を真空パックにすることが目的であったものが、コーヒーメーカー『イリー』のパッケージに触発されて、缶入のお米というアイデアを得たそうだ。

 

生産量の60%は海外へ輸出

アクアレッロが生産するお米は現在、全体量の約60%が輸出されている。これについてピエロは、「海外の著名な調理人がイタリアのお米を入手する際には、当然最高品質のものを選ぶからではないか」とその理由を推測している。

現在、ピエロの農業への研究は高く評価され、ピエモンテ州ポッレンツォにある通称『スローフード大学』、正式名称『食科学大学 (Università di Scienze gastronomiche di Pollenzo ) 』の授業の一部は、アクアレッロの敷地内で行われている。

アクアレッロは、従業員がわずか20人ほどの中小企業だ。しかし、ピエロは、アクアレッロのお米が世界中のイタリア料理のレストランで使用されて、イタリアの食文化の真髄が海外の人にも伝われば、これに勝る喜びはないと語っている。妥協を許さないピエロのカルナローリへのこだわりと探求心は、今後もイタリアのお米の料理一翼を担い続けることだろう。

 

*1スップリー
ローマのライスコロッケ「スップリー」は、もっぱらピッツエリアとよばれるピザ屋さんで販売されている。ピッツァを食べる際の前菜として、ローマではスップリーをはじめとする揚げ物を食する習慣があるためだ。ファーストフード感覚で、子供や大人のおやつとして食べられることもある。

*2アランチーニ

シチリアのライスコロッケは、ローマのスップリーと違いバールやパン屋で販売されており、シチリアの人々が小腹が空いたときに食べるおやつといえる。しかし、その大きさは日本人から見ると特大のおにぎりサイズ。それがフライになっているので、日本人の観光客ならば充分お昼ご飯に相当する腹持ちの良さだ。オレンジ(アランチャ)の形をしていることから、こう呼ばれている。

 

参照サイト:
“Piero Rondolino, l’architetto risicoltore padre del riso gemmato Acquerello”
http://www.storiedipersone.com/wordpress/piero-rondolino-larchitetto-risicoltore-padre-del-riso-gemmato/
“AQUERELLO”
https://www.acquerello.it/tenuta/
“Riso innovativo. Acquerello, il Carnaroli in lattina”
http://www.gamberorosso.it/it/food/1021879-riso-innovativo-acquerello-il-carnaroli-in-lattina

 

文:cucciola
イタリア在住十数年。ローマ近郊の山から、イタリアの魅力発信中。
ブログ ルネサンスのセレブたち(http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/
    イタ飯百珍(http://cucciolasapori.hatenablog.com/

新しい品種を加速的に生み出した『人工突然変異』の技術

新しい品種を加速的に生み出した『人工突然変異』の技術

 

交雑育種法』では、必要な形質をもったイネ同士をかけあわせ、それを何世代か栽培することで新品種を作り出す。稔る実の数や背丈、病気への抵抗性など、栽培に求められる形質は多種多様だが、それらの形質を生み出したのは自然に起きた遺伝子の突然変異である。自然下で起こる突然変異はごくまれな現象だ。人工的に突然変異を起こさせ、新たな形質のイネを得るのが『人工突然変異』による育種である。

 

自然界における突然変異

その生き物の形や性質を決定しているのは、それぞれの個体がもつ遺伝情報だ。遺伝情報をコードしているDNAは、細胞の核の中にしまわれており、ちょっとやそっとのことでは傷つかないが、DNAのコピーや移動が起こる細胞分裂の際には変化が起こりやすくなる。また、空から常に降り注ぐ紫外線や電磁波のエネルギーによってDNAに損傷が与えられることもある。

自然界では突然変異が起こる確率というのは大変低く、変異が起きて新しい形質が生まれたところで、それが有用なものであるかは分からない。まれに起こる変異で現れた、有用な形質を逃さないよう利用するのが『分離育種法や『交雑育種法だが、それをただ待っているのでは時間がかかりすぎてしまう。人工的に突然変異を起こさせることができれば、新品種開発のスピードは格段に上昇し、そこからイネの遺伝子に関する研究も発展するのだ。


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人工突然変異の研究は放射線から始まった

既知の形質の範囲内、現存の品種の掛け合わせだけではその組み合わせにいずれ限界が来る。新しい形質を持った品種の必要性が増したころ、人工的に突然変異を起こさせる方法が確立していった。

早くから突然変異を誘発する因子として、研究されてきたのが放射線である。1927年にMullerがショウジョウバエ、翌年にStadlerがオオムギについて、放射線によって突然変異が引き起こされることを実験的に証明した。1940年代に入るとさまざまな化学薬剤にも突然変異を引き起こす力があることが見いだされ、新しい形質を持った品種開発が劇的に進むようになっていった。また、人工的に植物の組織を培養すると、その過程で予期せぬ突然変異が起こることがあるため、それを期待して組織培養を行うこともある。

これらのように、突然変異を起すきっかけをつくるものを『突然変異原』という。なんらかの突然変異原によって変異を起こしても、どんな変異が起こったかは育ててみないとわからない。たくさんの種(イネでいうなら籾)に変異を起こしても、それらを栽培し一つ一つの個体を確認しなければならないので、やはり手間はかかるのである。

 

日本における突然変異育種

日本では1930年代に放射線によるイネの突然変異の報告がなされて以降、放射線と生物の関係や品種改良についての研究が本格化した。放射線には様々な種類があるが、イネの品種改良に主に使用されるのは『γ(ガンマ)線』である。レントゲンに使用されるX線よりもDNAに影響を与えやすく、突然変異を誘発しやすい。照射時間と強度が長いほど変異が大きくなることが分かっており、各研究機関ではそれらを調節しながら、新しい形質を持ったイネの創出に日々取り組んでいる。

1960年、茨城県に放射線照射による新品種開発を目的とした施設『放射線育種場』が設置された。ここには世界最大規模の野外照射施設である『ガンマーフィールド』や、屋内照射施設『ガンマールーム』があり、実際に放射線の照射を行いながら様々な作物の育種、実験が行われている。

1990年代以降は『イオンビーム』が新たな突然変異原として注目されている。これは炭素などの原子を巨大な機械で加速し、細胞に照射するものであるが、γ線の照射よりも局所的なDNAの変化を誘発し、ピンポイントで変異を生み出すことができる。

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放射線による突然変異で生み出された品種で初めに実用化されたのが“レイメイ”だ。1959年に、耐病性や耐寒性に定評のあった“フジミノリ”へのγ線照射によって誕生し、1966年に現在の名前が付けられた。“レイメイ”は“フジミノリ”の耐病性や耐寒性を維持しつつも、原種より短稈化(草丈が低くなる)しており、倒伏しにくいことから開発後はその作付面積を広げていった。作付けが減った後も新品種の交配親となり、その形質は複数の品種に脈々と伝えられている。

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他にも、イネでは100を超える品種が放射線による突然変異個体から生み出されている。地球の温暖化や食糧不足といった問題に対応していくためにも、新しい形質・新品種は常に求められているのはご承知の通りだ。開発のスピードを上げる人工突然変異の重要性はこれからも揺るがないだろう。

◆育種法早見年表

1903年 加藤茂苞が品種改良実験を本格化
1904年 イネの人工交配に成功。『交雑育種』が本格化
1949年 人工交配の際に花粉を無効化する温湯除雄法案出
1960年 放射線育種場(茨城県)設立
1968年 葯培養によるイネの半数体が生み出される
2004年 イネのゲノムがすべて解読される


参考:

国立研究開発法人 農業生物資源研究所
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/NIFS12-02.pdf

http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=08-03-01-09

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。




“秋田酒こまち”、“越淡麗”、“吟風”……。“山田錦”超えを狙う酒造好適米の新世代

 

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“コシヒカリ”が長年王者として君臨してきた食用米の世界では、近年になって“ゆめぴりか”、“つや姫”、“さがびより”など新たなブランド米が続々と登場。徐々にシェアを伸ばし始めている。そして酒造用のお米の世界でも、同じようなムーブメントが水面下で広がっているのをご存知だろうか。

 

各地に広がってきた「地元の酒は地元のお米で」の思い

酒米の世界で“コシヒカリ”に相当する王者と言えば、“山田錦”である。かつて酒造業界では、YK35というキーワードがもてはやされていた。YK35とは、「山田錦(Y)を35%まで精米し協会9号酵母(K)*で造った酒」のこと。このスペックこそが、新酒鑑評会で金賞を獲るための「勝利の方程式」とされていたのだ。

しかし同じスペックで造られた金賞受賞酒が、結果的にどれも似たような味と香りに収斂していく中、「多様化の時代に、日本酒はこれでいいのか?」「地元の酒は地元のお米で造るべきではないか」という声が、全国の意欲的な蔵元の間で高まり始めた。やがてこうした想いが実を結び、各地の気候風土に合った新種の酒造好適米が、地元の酒造組合と農事試験場の協力の下で続々と開発されていくのである。

*協会9号酵母: 酸が少なく香りが高いため吟醸造りに最適。かつて鑑評会出品酒に最も多く用いられていた。別名「熊本酵母」「香露酵母」。

 


酒米も群雄割拠の時代へ。下克上を目指す新品種の数々

日本酒造りに使われるお米は現在約150品種以上もあるが、その3分の1に当たる50品種がこの20年程の間に誕生している。これらの新しい酒造好適米の中から、特に勢いのある比較的新しい品種をいくつかご紹介することにしよう。

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◆人気・実力ともに赤丸急上昇 ―“秋田酒こまち”
秋田県農業試験場が15年の歳月をかけて作り上げた、秋田オリジナルの酒造好適米。2016年には、四大酒米の一つ“雄町”を抜いて堂々生産量第4位に躍り出ている。
大粒で高精白が可能なため、吟醸酒用に最適。“山田錦”よりもデンプンの消化性が高く(溶けやすい)、かつタンパク質(雑味のもと)が少ないので、香り高く上品な旨さを持ちながらも軽快な後味の酒に仕上がるのが特徴。

 


◆「吟醸王国」山形のエース米 ―“出羽燦々(でわさんさん)”
山形県で開発された生産量第6位の酒造好適米。山形には日本百名山の鳥海山をはじめ、1000m以上の山々が33あることにちなんで命名された。
優れた耐冷性と耐倒伏性を備えた大粒で水を吸いやすい軟質のお米で、柔らかくてキレがあり、さらりとした淡麗な飲み口に仕上がるのが特徴。
山形県では①出羽燦々100%使用 ②山形酵母使用 ③県が開発した麹菌オリーゼ山形使用 ④純米吟醸酒 ⑤精米歩合55%以下 の5条件を満たす県産酒に、「純正山形酒DEWA33」のブランドを公認する制度を導入する程、このお米の普及に力を入れている。

 


◆東西の横綱の血を引くサラブレッド ―“越淡麗(こしたんれい)”
酒米界の西の横綱“山田錦”と東の横綱“五百万石”を掛け合わせた、新潟生まれのサラブレッド。「お米どころの新潟が他県の“山田錦”に頼ったままでいいのか」という想いの下、県の醸造試験場、清酒組合、農業総合研究所作物研究センターの三者が協力し、15年の研究期間を経て2004年に誕生した。
酒米界のツートップの特性を引き継いだことで、濃醇な味わいと淡麗さをバランス良く兼ね備えた、柔らかくて膨らみのある酒に仕上がるのが特徴。

 

 

◆北の大地に育まれた三大銘柄 ―“吟風(ぎんぷう)”、“彗星”、“きたしずく”
北海道は新潟に次ぐ生産量国内第2位の食用米の産地であるにも関わらず、既存の酒造好適米が育たず、吟醸酒造りには本州産を使うほかなかった。しかし2000年前後から道内産品種の開発が進み、現在は次の3銘柄が生産されている。
“吟風”は、心白が大きく稲熱病に耐性のある品種。金賞受賞酒も誕生するなど品質向上が進んだため、近年では道外での需要も大いに高まっている。濃醇で甘味のあるまろやかな味に仕上がるのが特徴。“彗星”は、千粒重(形の整った玄米1000粒当たりの重さ)が重く、大粒で収量性の高い品種。タンパク質含有量が低いため雑味のない淡麗辛口の酒に仕上がるのが特徴。最も新しい“きたしずく”は、心白発現が良く、耐冷性の高い多収の品種。ちょうど“吟風”と“彗星”の間に位置するような味と香りに仕上がるのが特徴。

 

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上記以外にも、生産量ベストテンの常連となった長野の“ひとごこち”や、福島の“夢の香”、岩手の“吟ぎんが”など、「地元のお米で地元の酒を」という想いに応えた優良品種が各地で開発され、今日も“山田錦”超えを目標に品種改良が進められている。土地毎の地酒を楽しまれる際は、ぜひ酒瓶の裏ラベルに書かれた原料米にも着目した上で、それぞれの地域の個性を味わっていただければと思う。

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