何をする?何の役に立つ?イネの『ゲノムプロジェクト』とはなんなのか

 

2004年12月、『国際イネゲノム塩基配列解読プロジェクト(IRGSP)』は、イネ(品種は“日本晴”)のゲノム*の解読が完了したことを宣言した。日本はIRGSPの主体となり、全ゲノムのうちの約55%を解読したのだが、その事実を知っている人はどれくらいいるだろうか。イネのゲノムを探求したことは、それ以降のイネ研究に大きな影響を与えたといえる。今回はイネのゲノムプロジェクトについてみていこう。
ゲノム*……その生物が生きていく上で必要なすべての遺伝情報

 

『ゲノムプロジェクト』や『ゲノムの解読』とは一体何なのか?

 

『ゲノムプロジェクト』とは、その生物の持っているDNAの全塩基配列(もしくは大部分)を決定し、遺伝子の機能や発現の仕組みを目指す研究である。生物の体の設計図となるDNA(デオキシリボ核酸)は、『糖(デオキシリボース)+リン酸+塩基』からなるヌクレオチドがたくさん繋がった高分子だ。『塩基』にはアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の4種類が存在する。

 4種類の塩基のいずれかをもったヌクレオチドが繋がると、長いDNA上に『ACCTGCT…』というような塩基の並び順(塩基配列)が生まれる。この塩基配列をもとにして様々なタンパク質がつくられ、その生物の形態や性質に反映されていく。特定のタンパク質の設計図となる情報は『遺伝子』と呼ばれるが、それを暗号文のようにコードしているのはDNAの塩基配列なのである。

naniwosuru1▲塩基配列の解読の際に使用される解析機械の結果例

 

ゲノムプロジェクトは、まずその生物の持つDNAの塩基配列を解き明かすことから始まる。A、T、C、Gの並び方を読み取るのだが、これは簡単なことではない。塩基の数は生物によって異なるが、イネの場合は3億9千万文字分もの塩基配列がある。

ゲノムプロジェクトが始まったころの技術で解読が可能なのは、そのうちの95%、約3億7千万文字だった。ちなみに、2002年に解読が完了したマウスのゲノムは約25億、その翌年に解読されたヒトのゲノムは約30億の塩基からなる。

塩基配列の読み取りには高額な試薬や高性能のコンピューター、そして時間と手間が必要だ。そのため、複数の国や機関で手分けして作業を行い、結果を統合することで1つの生物種の塩基配列を定めていくことが多い。イネゲノムプロジェクトを完遂したIRGSPは、日本を含む10の国と地域からなり、12本の染色体からなるイネゲノムの解読を手分けして行ったのだ。

 

『その塩基配列が何を意味するのか?』も重要

塩基配列の解読だけが、ゲノムプロジェクトのすべてではない。どの染色体にどんな遺伝子がコードされているのか、染色体のどこにそれが存在するのか、複数の遺伝子がお互いどのようにはたらくのか……塩基配列に加え、より実態に即した情報を付け加えることで生命現象を解明するのがゲノムプロジェクトの目標なのである。

日本におけるイネゲノム研究の始まりは、1991年に農林水産省によって開始された『イネゲノム研究プログラム』である。1998年からはIRGSPが結成され国際プロジェクトとなり、2002年の12月に3億6千7百万の塩基配列解読が完了した。残された部分は解読が難しい部分であったが、その2年後に当初の計画にあった3億7千万文字分の読み取りが完了したのだった。

naniwosuru2

 

イネのゲノム解読は何の役に立つのか?

では、大々的なゲノムプロジェクトはどんな役に立つのか? ある種のゲノムが解読されていれば、突然変異などが生じた際、染色体や遺伝子でどのような変化が起きたのかを推察しやすくなる。また、近縁な生物種の研究に応用されたり、ゲノムが解明されている生物種同士の比較が可能になるなど、その価値は計り知れない。

解読されたイネのゲノム情報も、さまざまな研究や新品種の開発に応用されている。遺伝子組み換えやゲノム編集を行う上での基盤になるのはもちろんのこと、従来の交雑育種法などで生み出された品種の研究においても重要だ。ゲノムにどういった変化が起きたことで新しい形質の個体が生まれたのかが説明できれば、さらに良い品種を開発する手掛かりが得られるのだ。

naniwosuru3

また他のイネ科植物を研究する上でも、イネのゲノム情報は大変役立つ。特筆すべきは、イネに次いで主食とされている割合の高いコムギやトウモロコシも、イネ科の植物であるという点だ。コムギやトウモロコシはイネよりもずっとゲノムサイズ(遺伝子の情報量=塩基配列の文字数)が大きく、ゲノムを調べるのも一筋縄ではいかない。

しかし、イネゲノムの情報が明らかになると、イネとそれらの植物のゲノムには類似点が多いことが分かってきた。イネゲノムの情報を基本とし、他の作物種の研究に応用されるようになったのである。

イネゲノムの解読以降、その塩基配列からもたらされる遺伝子の研究がさらに進んでいる。イネの生育に関わる因子が少しずつ解明されるにつれ、新品種開発への応用も加速している。生物の形質を定めるゲノムを基盤とした育種研究は、もはや欠かすことのできない研究基盤となっているのだ。

 

◆育種法早見年表


1903年 加藤茂苞らが品種改良実験を本格化
1904年 イネの人工交配に成功。『交雑育種』が本格化
1949年 人工交配の際に花粉を無効化する温湯除雄法案出
1960年 放射線育種場(茨城県)設立
1968年 葯培養によるイネの半数体が生み出される
2004年 イネのゲノムがすべて解読される
2017年 ゲノム編集されたイネの屋外栽培実験開始

 

 参考資料・サイト:
「イネゲノム配列解読で何ができるのか―研究目標と戦略策定のために」矢野昌裕、松岡信(農業生物資源研究所)
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/rice10/

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

okomeno
mozi rekishi mozi tane mozi bunka mozi hito mozi hito mozi huukei mozi noukamuke

もち米、玄米、古代米etc.…ちょっと変わったお米で醸す日本酒色々


土壌の肥沃さの目安、『CEC』とは?


管理栄養士が教える! 夏バテ予防抜群♪「サバを使ったマリネ」


なぜお米からフルーティーな日本酒が造れるのか?  お米の香りを引き出す酵母の知識


okomenoseiikuwo 3

お米の生育を左右する『リン酸』のあれこれ。可給態リン酸やリン酸吸収係数とは?