大きさ、色、形……品種改良でチェックされるイネの様々な『かたち』

 

日本では長きにわたり様々な方法で品種改良が繰り返され、毎年数々の新品種がつくられているが、皆さんは自分が育てている品種以外のイネをまじまじと見たことがあるだろうか? 新品種を生み出すうえで、技術者はイネのどのような形や性質に注目しているのかを知れば、自分のイネや他地域のイネ、新品種のイネを観察するときの参考になるはずだ。とくにこれからお米農家を目指す人には、イネの形の見方をぜひ知っておいてほしい。

 

草丈(稈長)を抑えることで安定した収穫のできる品種をつくる

◆草丈(稈長)
イネの品種改良で長い間注目されてきた形質が、この草丈(稈長)である。実際に栽培していくうえでも、気にすることが多いポイントであろう。稈長が高くなることは、イネの倒れやすさ(倒伏性)に直結する。倒伏した稲は生長が正常に進まず、病気になる可能性が高くなるため、かなり古い時代からイネの草丈を抑えるような方向で選択が進んできた。

正常な個体の半分以下にしかならないものを矮性(わいせい)、正常個体と矮性品種の中間程度の草丈になるものを半矮性と呼ぶことが多い。日本で作付けされている品種のほとんどが半矮性品種だという。

矮性化は主に、節と節の間である節間が短くなることで生じる。節間の伸長に影響を与えるのは、植物ホルモンの一種であるジベレリンだ。植物の生長を促すジベレリンの分泌が低下すると、節間の伸長が進まなくなる。イネにおいて、ジベレリン分泌はいくつかの遺伝子によってコントロールされていることが分かっており、それらは半矮性遺伝子と呼ばれる。現在は遺伝子やゲノムを操る技術の出現により、それらの遺伝子の一部を人為的に動かなくさせることで、意図した半矮性品種を作り出すことが可能になっている。

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半矮性遺伝子の1つであるsd1が壊れ、半矮性となった品種“IR8”(フィリピンの国際イネ研究所で作成)は、それまでフィリピンで作られていたイネよりもずっと倒れにくく、お米の収量を劇的にアップさせた。アジアの食糧危機が深刻になっていた1960年ごろのことで、“IR8”は『ミラクルライス』とまでよばれるようになったのだ。

しかし、ジベレリンの分泌を抑えすぎると、今度は実の生長にまで影響が出る。収量の低下や品質への影響がでない程度で、稈長を抑えた品種が必要となる。

 

茎や葉の姿かたちにも注目する

◆茎(稈)の強さ
倒伏しにくいイネをつくるには半矮性化だけではなく、『稈を強くする』という方法もある。稈の強度を高めるには、稈の表層の細胞や維管束の細胞を発達させたり、細胞の数を増やして稈を太くするなどの方法が考えられる。2016年には“コシヒカリ”をベースとし、イネのゲノムのどのあたりに稈の太さを調節する遺伝子があるかが調べられた。

国内作付面積1位(2018年6月現在)の“コシヒカリ”は食味に優れる一方、倒伏性が高いことでも知られている。稈をつくる皮層の細胞自体は比較的大きく発達しているのだが、稈の直径が細い傾向にあるのだ。今後、地球温暖化で巨大台風でも発生すれば、日本の作付面積の3割ほどのイネが倒伏してしまう恐れがある。そうなれば、日本は新たな食糧危機に襲われかねない。そこで、稈を太くする遺伝子を“コシヒカリ”に導入し、コシヒカリ特有の大きな皮層の細胞を保存しつつも稈が太い“コシヒカリ”をつくる、という研究も行われている(東京農工大学大学院と農研機構の共同研究、参考文献を参照)。

 

◆葉や穂の色
ほとんどのお米農家は食用のおいしいお米を目指して栽培しているが、一部では葉や穂に色のついた品種が求められる。いわゆる観賞用の品種であり、これらが最も活躍するのはいわゆる『田んぼアート』などの場面であろう。
具体的には、葉が赤い“べにあそび”や葉が白い“ゆきあそび”、穂が紫色をする“紫穂波”などがある。

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お米の量や見た目も大切

◆お米粒のつく量、形や見た目
戦後の食糧不足のころは、とにかくたくさん実をつける米が重要視された。穂の数が多く、穂につく実も多い品種が求められる傾向にあった。しかし食糧事情が回復すると一転、今度はお米の味や見た目に注目した品種が必要とされる。

ただし、飼料用米であれば今も昔も、どれだけたくさん採れるかが重要なポイントだ。時代背景や目的によって品種改良の方向性も変わってくるのである。最終的に消費者に届くのは、イネではなくお米粒の状態だ。それぞれの品種の粒を並べてみると、さまざまな違いがあることに気づくだろう。粒の大小や色の濃淡、お米粒の膨れ具合など、品種によって相当の変化がある。

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以上にご紹介したのは、イネの品種改良の際に注目されるイネの形態のほんの一部だ。自分が稲作を営んでいたり、特定の銘柄だけを食べていると、日本には多様なお米があるということを忘れがちになる。その育つ姿やお米となった姿をよく観察してみることは、イネの多様性とそれを生み出した品種改良の歴史へ思いを馳せることにつながるだろう。


参考文献・サイト:
『イネの育種学』蓬原雄三(東京大学出版会)
https://www.tuat.ac.jp/documents/tuat/outline/disclosure/pressrelease/2016/20160725113750288993543.pdf
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20140707_nubs.pdf


文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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