高温によるお米の登熟障害。イネの中で何が起きているのか?

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日本を含め、世界各地の気候変化がはげしい。『異常気象』、『これまでにない○○』『記録的な○○』といった言葉をニュースで聴く機会も増え、作物の生育状況を心配する農家も少なくないであろう。中でもとりわけ気になるのが、平均気温の上昇に伴う夏場の異常な高温である。今回はお米の品質に多大な影響を与える高温障害を取り上げる。高温下の米粒の中では何が起きているのか、細胞や遺伝子のレベルで考えてみよう。

 

白濁したお米の内部には隙間が……

高温によりお米の粒が白濁するなど、品質が低下する現象は「高温登熟障害」とよばれる。イネの米粒が完成するまでの期間、とくに出穂後20日間に高温にさらされると顕著な影響が現れる。

米粒の白濁した部分は、本来ぎっしりと詰まっているデンプンが少なく、隙間ができてしまっている状態だ。細かくひび割れたガラスが白く見えるのと同じようなものである。白濁の部分や割合によって『乳白粒』や『心白粒』、『背白粒』などとよばれる。このような状態になったお米は見た目が悪いだけでなく、食味や食感も不良になりやすく、内部に空間があることから割れやすいという欠点もある。

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高温に長くさらされた米粒ではデンプンの分解が起きる

それでは、なぜ高温下でデンプンの充填がうまくいかなくなるのだろうか? 2012年、農研機構は新潟大学および理化学研究所との共同研究の結果を発表した最下部参考資料1を参照。この研究では、登熟期に高温にさらされた時にお米の細胞内、ひいては遺伝子に何が起きているのかを解明することを目指した。その結果、高温にさらされたイネではデンプンを合成する遺伝子の発現が低下するとともに、デンプンを分解する酵素をコードしている遺伝子の発現が上昇することが分かったのだ。

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デンプンの分解に関与する遺伝子は『α-アミラーゼ遺伝子』とよばれる。イネのゲノムには8つのα-アミラーゼ遺伝子が存在するが、高温下(33℃明期12時間/28℃明期12時間)で登熟させたイネでは、8つ中のうち5つのα-アミラーゼ遺伝子で発現が上昇していた。通常であれば、α-アミラーゼ遺伝子はイネの中に含まれるアブシジン酸という植物ホルモンによって抑制されているが、高温ではアブシジン酸の量が半分以下に低下するという結果も得られた。また、つくられたデンプン分解酵素アミラーゼは高温下でより活性化される。すなわち、『高温ではデンプンがつくられにくく、すでにあるデンプンも分解されてしまい、なおかつ高温ほど分解は促進される』ということだ。この結果、米粒には白濁が見られるようになる。

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研究チームは、実際にα-アミラーゼ遺伝子のはたらきを低下させた変異体も作成した。この変異体を高温条件下(こちらは31℃明期12時間/26℃明期12時間)で育てたところ、α-アミラーゼ遺伝子が正常な個体よりも白濁した米粒が少なくなったのだ。この結果により、α-アミラーゼ遺伝子の発現が高温による白濁を引き起こすのに重大な役割を果たしていることが明確になった。

 

α-アミラーゼ遺伝子に注目した新品種開発

研究の成果は今後の新品種開発に大きな影響を与える。例えばたくさんの突然変異個体や交雑個体を育てた時、幼いイネであってもDNAを抽出してα-アミラーゼ遺伝子に変異が起きているか否かを調べれば、その個体が高温への耐性を備えているかどうかを判別できる。何千何百という個体の成長を待ち、出穂を待ってから高温にさらす実験などをする手間を軽減できるだろう。また、遺伝子組み換えやゲノム編集でα-アミラーゼ遺伝子を変異させ、人工的に遺伝子の発現をコントロールしたような品種も出てくるかもしれない。

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2018年夏の異常な高温は、多くの農家を窮地に追いやった。気象の急激な変化は増え続けると考えられている時代だからこそ、さまざまな耐性をもった新品種の開発が急ピッチで進められている。高温に強い優良な品種が得られれば、日本のみならず水不足に悩む外国でも生産性の向上に一役買えるだろう。

 

参考資料:

1.http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/press/laboratory/narc/043839.html

2.https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1467-7652.2012.00741.x

3.http://www.naro.affrc.go.jp/org/tarc/seika/jyouhou/H22/suitou/H22suitou025.html

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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