いもち病防除への新展開?いもち病感染に関わる重要遺伝子『RBF1』とは

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農林水産技術会議は2002年から、その年に発表された農業関係の研究成果で特に重要とみなされたトピックスを選定し『農業技術10大ニュース』として発表している。2017年の10大ニュースには、ITやロボットを活用した農業技術の研究が多く見られたが、そのうちの一つに〔いもち病菌の感染のかなめとなる遺伝子『RBF1』の発見〕があげられた。

今回はイネの耐病性研究に関する重要な話題として、この『RBF1』といもち病の関係を解説する。

 

感染し、感染される。そのメカニズムはとても複雑。

イネに限らず、様々な作物や野菜、植物たちは自身の命をつなぐため、多かれ少なかれ病気に対抗する性質をもっている。葉の表面には菌の侵入を防ぐ層をつくり、万一侵入された場合には抗菌物質で戦い、それでもだめなら感染した自分の細胞を殺してしまうことで病気の拡大を防ぐのだ。殺菌剤や防除剤の開発が進んだ今の時代には忘れがちになるが、どんな植物も潜在的な防御機構を備えているのである。

一方、病気の原因となるウイルスや細菌だって、自分の子孫を増やしたり住処を得るために必死だ。植物の防御機構をあの手この手で抑え込み、感染を拡大させる。植物の病気を予防するためには、病原菌自体を殺菌するだけでなく、どのようなメカニズムで感染が引き起こされるのかを突き止めることも重要だ。しかしながら感染する側もされる側も、多くの場合はいくつもの遺伝子やタンパク質の働きが複雑に関連する現象であるため、その実態解明は困難を極める。

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イネの病気の中でも特に甚大な被害をもたらすため、昔から重要視されてきたのがいもち病だ。いもち病は、学名をPyricularia oyzaeという糸状の菌が原因となる病気で、感染するとイネが枯れたり、成長が止まってしまう。

様々な農薬や抵抗性品種がつくられてきたが、いもち病菌がどのようにして植物の防御機構をかいくぐっているのかは解明されずに時間が流れてきた。その間にも、薬剤への抵抗性を備えたり、耐病性品種を上回る変異株が誕生するなどし、根本的な解決には至っていない。いもち病の感染メカニズムの解明は急務とされてきた。

そこで農研機構は、岩手生物工学研究センターゲノム育種研究部、東京大学生物生産工学研究センターとともに、いもち病の感染メカニズム解明を試みた。

 

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いもち病の感染に必須の遺伝子RBF1の発見

いもち病菌は感染相手にとりつくと、菌糸を伸ばして細胞の中へ侵入する。イネの葉の表面は、水をはじき細菌の侵入を防ぐワックスで覆われているが、いもち病菌はワックスを溶かして細胞に侵入していく。

侵入した菌糸の周辺にはBICとよばれる構造体ができることが分かっていたが、この構造体はどんな役割を果たしているのか、そもそもイネといもち病菌のどちらのはたらきで作られたものかも不明だった。

このBICの中には、イネの防御機構を抑制するタンパク質が内包されている。宿主の免疫機能を抑え、感染を有利に進めるタンパク質はエフェクターと呼ばれる。BICから様々なエフェクターがイネの細胞内に放出されると、イネへの感染が進行するのだ。

いもち病菌が感染を始めると、菌の細胞では200以上の遺伝子が活発にはたらき始めるが、そのうちの1つがこのBICを作り出すカギになる遺伝子だということが判明した。その遺伝子こそ、『RBF1』である。

RBF1を持たないいもち病菌の変異体(以下、RBF1破壊株)は、イネに感染しても菌糸にBICが形成されなかった。菌糸からもエフェクターは放出されるが、BICがあるときと比べると、イネの細胞内へ侵入しにくくなる。

また、RBF1破壊株はイネへの病原性が著しく低下することも確かめられたことから、いもち病菌によるBICの形成、すなわちRBF1がいもち病の拡大に必要な遺伝子であることが決定的となった。RBF1破壊株が感染したイネは、感染部の細胞が死んでしまい、それ以上の菌の侵入を阻むことができるのだ。本来イネの持つ防御機能が正常にはたらいた結果だと考えられる。

 

新たないもち病の予防法に期待

『いもち病菌はRBF1がないと感染を拡大することができない』。この結果は、いもち病予防のための新しい方法を生み出す手掛かりになると期待されている。RBF1の働きを阻害する方法やメカニズムを突き止めるため、さらなる研究開発が進行中だ。また、いもち病菌が作るいくつものエフェクターが、イネの細胞内でどのように機能しているのかを突き止めるための研究も必要となる。

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古くから使われてきた防除剤や殺菌剤などには、『何で効くのかというメカニズムはわからないけど、効くから使っている』というものも少なからずあった。遺伝子やゲノムの情報をもとに病気予防や防虫の方法を考えることは、的確かつ根本的な研究開発に不可欠だ。研究室の顕微鏡や分析機器の下で得られた結果は決して科学者だけのものではない。日々生み出される実験結果は確実に、現場の農家を支える新たな技術の土台になっていく。

 

参考:

農林水産技術会議

http://www.affrc.maff.go.jp/docs/press/171220.html
PLOS PATHOGENS
http://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1005921
公益財団法人日本農芸化学会 化学と生物
https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=817

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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