日本における作付面積の0.01%!“農林48号(ヨンパチ)”を求めて『武川筋』を歩く

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暦の上ではすでに寒露のはずだが、未だ季節はずれの暑さが残る10月のある日、山梨県の北西部に位置する北杜市武川町~韮崎市円野町一体を訪れた。ここは、『武川米(むかわまい)』と呼ばれるお米の産地であり、山梨県の米どころとしても知られている地域である。

東京都内のある高級寿司店が取り扱っているお米として、一躍注目を集めた“農林48号”という品種。この農林48号”が栽培・収穫されるのが『武川筋』と呼ばれるこの地域だ。普段お目にかかることが難しい“農林48号(ヨンパチ)”を求めて、稲の収穫真っ只中の田園を歩いた。

 

果樹王国山梨県で育まれた名産・武川米

収穫量日本一を誇るブドウやモモなど果樹王国として知られる山梨県にとって、秋といえば果物の収穫で大わらわとなる。しかし、ここ武川筋ではコンバインの音が響き、『もうひとつの収穫の秋』を実感させられた。

周囲を山に取り囲まれている山梨県は平地が少ないため、多くの水田が丘陵地帯に集中している。そのため、水田といえば段々畑――いわゆる棚田というのが常識化している。

mukawamai2▲韮崎市円野町の田んぼ。武川筋一体はこうした棚田が広がる

 

そのような環境の中、もともと武川筋一体は花崗岩が水に洗われた砂質土壌を有する肥沃な扇状地で、お米作りにも適していたとされる。しかも、鳳凰三山や甲斐駒ケ岳など南アルプスの雪解け水により水源も豊富であり、古来米栽培が盛んに行われてきたエリアでもあるのだ。

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▲『武川筋』とは、「教来石(きょうらいし)から御勅使川(みだいがわ)までの釜無川右岸一体の総称」(引用:武川村誌)のことで、現在の北杜市白州町教来石~韮崎市龍岡町あたりとなる。

 

武川米の歴史も古く、甲斐武田家の始祖、武田信義の時代まで遡る。信義は戦国時代に名を馳せた武田信玄の先祖である。この時代、武川筋を領地としていた『武川衆(むかわしゅう)』と呼ばれる武士集団が、自領地で収穫されるお米に武川米と名付けた。これが鎌倉時代初期の話なので、武川筋におけるお米の栽培はそれ以前からすでに行われていたことがわかる。

 

「ヨンパチ」の愛称で親しまれ、武川筋だけで収穫される“農林48号”とは

“農林48号”は、昭和24年に愛知県の農業試験場で誕生した品種だ。当初は山梨県以外の地域でも栽培されていたお米だが、病気に弱い性質から徐々に敬遠されるようになり、山梨県の武川筋で細々と収穫されるだけになってしまう。

mukawamai4▲“農林48号”の稲穂。地元の人たちだけで消費する、いわゆる『縁故米』として細々と収穫が続けられ、現在でも、武川筋以外では”農林48号”の収穫は確認されていないとされる。

 

“農林48号”の収穫量は、山梨県全体の米収穫量に対してたった4%(平成27年度)しかない。ただでさえ新潟県や宮城県といった米どころと比べると、圧倒的に収穫量が少ないのだ(H29年の田耕地面積は新潟県の約半分ほど)。しかも収穫量に至っては、東京、沖縄、神奈川、大阪に次いで全国ワースト5に入る少なさ。

さらに、平成30年における水稲作付面積が全国で159万2,000haであるのに対し、山梨県の水稲作付面積は4,930ha。“農林48号”の作付面積にいたっては180ha(平成27年時点)ほどなので、日本全国における“農林48号”の占める割合はたった0.01%なのだ。この数字を見れば、どれほど珍しいものであるかがおわかりいただけるだろう。それにも関わらず、なぜ細々と収穫が続けられ、高級寿司店でも使われるほどのお米なのか。

 

地元の農家さんに話を伺ったところ、「収穫したての時期は“コシヒカリ”でも“ヨンパチ”でもそれほど違いはない」のだそうだ。しかし、梅雨の時期になると品質に違いが出始めるという。「梅雨を過ぎると普通のお米は質が落ちてくる。でも“ヨンパチ”は全然質が落ちない。だから、食べ方にこだわる人は梅雨の前まで“武川米コシヒカリ”を食べて、梅雨以降は“ヨンパチ”を食べるんだよ」と、教えてくれた。

そして何より、「“ヨンパチ”の真骨頂はおにぎり。本当に美味しいから!」という農家さんの言葉がすべてを物語る。“農林48号”が他のお米よりも優れているのは、冷めても妙なネバつきがなく、パサパサもしない。ふっくらとしたお米本来の味わいを、しっかりと残している点にあるのだ。

 

武川筋で収穫される『武川米』と『武川産米』

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現在の武川米の主力は、“コシヒカリ”と“農林48号”である。筆者が武川筋を訪れたときはすでに”コシヒカリ”の収穫が終わりに近づき、これから”農林48号”が収穫の最盛期を迎える時期であった。

これら『武川筋で収穫されるお米の総称』として『武川米』という言葉が使用されているが、「同じ武川筋で収穫された武川米でも、ここらで収穫された武川米と他の武川筋で収穫された武川米は、呼称が少しだけ違うんだよ。」と、教えてくれたのは、『農事組合法人 武川ファーム組合』 代表理事の亀井重治さんだ。

亀井さんによると、「武川筋で収穫されるお米は『武川米』だけど、旧武川村(現北杜市武川町)で収穫される武川米は『武川産米』と呼ぶ」のだそう。

消費者としてはややこしく、わかりにくい表現かもしれない。しかしそこには、山梨県随一の米どころとしてのプライドを垣間見ることができる。美味しいお米が育つ武川筋。そして、その武川筋の中でももっとも良質なお米が育つエリアで収穫されるお米。それが”農林48号”を筆頭とした『武川産米』なのである。つまり、『武川産米』は武川米のエリートとでもいったところなのだ。

mukawamai6▲韮崎市円野町から北杜市白州町の武川筋に沿って走る国道20号線沿いに、『武川町農産物直売センター』がある。もちろん100%武川町で収穫された『武川産米』が並ぶ。

 

おいしいお米ほど手間がかかる。稲作の歴史にも思いを馳せていただくお米

北杜市にある『北杜市郷土資料館』には、今では目にすることさえ困難になった貴重な稲作関連の道具が展示されている。平地の少ない山梨県にあって、米作りとは山間部開拓の歴史でもあったのかもしれない。現代の農機具に比べたら遥かに原始的な道具だけで歴史を切り開いてきてくれた先人たちへの感謝がふつふつと湧き上がるのを感じる。

mukawamai7▲北杜市郷土資料館(北杜市長坂町中丸)

 

mukawamai8▲北杜市郷土資料館には昔懐かしい道具が展示。江戸時代から昭和初期にかけて実際に使用されてきた農具とされている。

 

武川筋を歩きながら何人かの農家さんとお話させていただいた。印象深かったのは、「”ヨンパチ”は水の管理なんかも大変だから、”コシヒカリ”へ切り替えちゃう農家もあるよ。」という言葉。

この地にはその昔、江戸時代に登場し昭和初期まで栽培された“高砂”という品種があった。つや・味・香りの三拍子揃ったお米であり、明治時代になると宮内庁に納められるようになった評判のお米だ。しかし、作り方が難しく、戦後に自然消滅してしまった”高砂”。美味しいという評判の高いお米ほど、栽培には非常に多くの手間も必要になるものなのかもしれない。手間がかかりすぎるがゆえに、他の品種へと切り替えてしまう農家も決して少なくはないのだろう。その結果、『希少なお米』『幻のお米』などと呼ばれるお米も多い。

 

もちろん、普段から私たちがいただいているお米も十分に美味しいことは間違いない。だが、全国に点在する幻となりつつある品種は、得てして美味しさのレベルが違うように感じる。そこには、長きに渡り先人たちの技術や知恵によって大切に守り育てられてきた、思いが詰まっているからではないだろうか。

季節は収穫の秋。稲作文化をここまで守り抜いてきてくれた先人たちを思いつつ、たまにはごはんそのものにも目を向けてみよう。おかずでごはんを楽しむのではなく、ごはんそのものの味を楽しむ日を作ってみるのもおすすめだ。

 

参考資料・サイト:

国土交通省関東地方整備局富士川砂防事務所発行「釜無川右岸流域風土記」

武川村誌

農林水産関係市町村別統計/米の品種別作付面積及び収穫量

山梨県の水田農業
http://www.pref.yamanashi.jp/kakinousui/11538268488.html

幻の米 武川48とは
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~mukawa48/003.html

山梨のお米
http://www.yn.zennoh.or.jp/eat/rice.html

北杜市郷土資料館

 

文:小須田 こういち

山梨県在住のライター。地域の身近な情報から歴史、ペットといったテーマまで幅広く取材・執筆をこなす。農業生産者との対話を通した記事の作成も行っている。

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