品種改良の始まりであった『分離育種法』とは?その方法と歴史を知る

 

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縄文時代の後半に狩猟生活から農耕生活への移行が始まり、わが国でも海の外から渡来した稲作が行われるようになった。増えゆく人口を支え、時に富の象徴となったお米。稲作に限らず作物を作り出すうえで最も重要だったのは『いかにたくさんの収穫を得られるか』である。たくさん実がつき、病気になりにくく、熱さや寒さに強いイネを育てるために昔から行われてきたのが分離育種法という品種改良だ。

 

イネのエリートから優良な子孫を育成

作物を育てていると、ごく稀にそれまでと異なる特徴を持つ個体が現れることがある。DNAの突然変異や、他個体との交雑によって生じる遺伝子の変化が原因だ。それまでの個体よりも寒さに強いものや、病気に強いもの、背の高いものなど、どんな変化がみられるかは予想ができない。逆にそれまでの個体よりも弱いものが現れることもある。遺伝学ではこれらのような、その個体の性質や形態の特徴をまとめて『形質』と呼んでいる。

分離育種法とは、『集団の中から優良な形質を持った個体を選び出し、育成する方法』である。単純なようであるが、実は大変手間のかかる育種法だ。育てている集団の中に出現した優良な形質をもつ個体を選び、それを親として次世代を栽培する。この子ども世代の全個体が親と同じ形質を示してくれればよいのだが、残念ながらそう簡単にはいかない。期待された形質を持つ個体と持たない個体が育つのである。

この集団から親の優良形質を受け継いだ個体を選抜し、次の世代(はじめから数えれば孫の世代)を育成する。やはり一部の個体は優良な形質を受け継がないが、全世代よりは多くの割合で優良形質の個体が現れる。この世代からまた優良形質を受け継いだ個体を選抜し育成して……を何度も繰り返すと、数世代後にはすべての個体が目的とした形質を示すようになり、期待された形質を持たない個体は現れなくなる。これを『形質が固定された』状態という。

こうして、それまでのイネになかった形質を持つ『新品種』が誕生する。良い形質の個体が現れる偶然を待ち、それを選抜して何年も育て続ける……運と時間の必要な育種方法だということがわかるだろう。


次世代を育てれば、すべての個体が親と同じ形質を示すようになった個体群を『純系』というため、分離育成法は『純系分離法』と呼ばれることもある。皆さんが作物の種を手に入れたとき、それを蒔けば必ず同じような形・色・味の個体が収穫できるはずだ。それはつまり、その作物品種の形質が固定され、純系になっているということに他ならない。

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悠久の歴史を持つ品種改良のルーツ

人が「良い個体を育て続けると形質が安定する」ということに気づく以前から、この方法で作物の品種を少しずつ改良してきたのが『自然』である。極端に気温の低い年があれば、寒さに強いイネしか生き残らない。それが何年も続けば、耐寒性のあるイネ以外は自然に淘汰される。その土地に育つイネには『寒さに強い』という形質が固定されていった。

全国で稲作が行われるようになると、それぞれの土地でその環境にあった形質のイネが育つようになる。遺伝という現象が未解明の時代であっても、経験的に良い個体を選んで育てる農家が現れ、各地で多様な品種が人為的に作り出されるようになっていった。1865年にメンデルが遺伝の法則を発見するも、世間に認められず埋没。1890年代に再評価がなされ、1903年にデンマークのヨハンセンが『純系説』を発表した。これは「集団が純系であれば、その子孫は親と同じ形質を示す」という説であり、これこそ分離育種法の科学的根拠となった。時代が下ると米の人工交配法が確立されるなど、必要な形質を持ったイネを生み出す技術が発展し、分離育種法による開発は減っていく。良い形質を持った個体の出現を待つのではなく、既存の品種同士を組み合わせることで意図した形質の品種を生み出すようになっていくのである。


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分離育種法によって生み出された品種たち

分離育種法は時間と手間がかかる方法だが、それらを惜しまなければ一般の農家でも行うことができた。明治の中頃に国立農業試験場が設立され、全国のイネの研究が体形的に行われるようになる以前は、各地の農家が自主的に育種を行っていたのである。中でも後世の稲作に大きな影響を及ぼしたのが“愛国”、“旭”、“亀の尾”、“神力”といった品種だ。これらの品種をベースにして、現在のお米の品種が開発されていった。
今でも“愛国”や“亀の尾”は酒米としても使われており、『在来種』や『幻の米』といったキャッチコピーで販売されていることもある。もしお米屋さんで見かけることがあったら、先人たちの苦労が詰まった品種であることを思い出してほしい。

 

参考文献:『原料米育種の現状と将来への展望』四方田淳・鳥山伸一(1993年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/88/10/88_10_750/_pdf

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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