知っておきたい最新技術。稲の育種にも利用される『ゲノム編集』とは?

 

月並みな言い回しだが、科学技術は日進月歩である。遺伝子組み換え技術の本格的な登場から半世紀も経っていないが、バイオテクノロジーの世界では次なる技術が日の目を見ようとしている。品種改良や医療技術の革命的な技術になるとみられる『ゲノム編集』だ。今回はゲノム編集とこれまでの遺伝子組み換えとの違いや、イネの品種改良におけるゲノム編集技術について見ていく。

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「DNAに手を加える」ことで形質を変化

『ゲノム編集』とは、遺伝子をコードしているDNAの配列を人為的に編集する技術のことである。特定の遺伝子を無効化したり、狙い定めた場所に別の遺伝子を導入したりすることができる、夢のような最新技術だ。

ゲノム編集のカギを握るのは、人工的につくられた『制限酵素』である。制限酵素とは、DNAの指定された部分を切断する働きのある酵素を指す。制限酵素自体は1960年代に発見され様々な実験に用いられてきたが、人工制限酵素はそれまでの一般的な制限酵素よりも、よりピンポイントでDNAの切断ができるよう工夫がされている。

DNAの二本鎖が制限酵素により切断されると、細胞内ではその部分の修復が行われる。この時、DNAの切断部分に『欠け』が生じてしまったり(欠失)、逆に切断部のDNAが修復前よりも少しだけ『増えて』しまう(挿入)ようなことがある。これらの欠失や挿入といった『修復ミス』が起こると、その部分にコードされていた遺伝子が働かなくなってしまうなどの変化が現れるのである。

切断したDNAの間に、外から導入した他の遺伝子やDNAを導入することもできる。人工制限酵素とともに導入したいDNA断片を細胞に取り込ませると、DNAが修復作業をする際にこれを組み込んでしまうことがあるのだ。

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ゲノム編集に使われる人工制限酵素は、2018年までに3種類が開発されている。1996年に開発されたZFN、2010年に報告されたTALEN、そして2013年ごろから本格的な利用が始まったCRISPER/Cas9(クリスパー・キャスナイン)である。これらの中で最も利用が進んでいるのがCRISPER/Cas9だ。他の2つよりも安価かつ簡便に使うことができるため、驚異的なスピードで世界中の研究者に広まった。

 

『ゲノム編集』と『遺伝子組み換え』の違いは?

遺伝子組み換えは、他の生物種の遺伝子を、対象となる個体に取り込ませる技術だ。種を超えた遺伝子の取り込みは有用な形質をもった個体を生み出せる一方、組み換えの成功率が上がらないことも少なからずあった。また、染色体の意図しない位置に導入遺伝子が組み込まれ、既存の遺伝子の働きを邪魔してしまう可能性もゼロとは言えない。そしてなにより、「他の生物の遺伝子を入れる」という技術自体への批判的な感情もあって、研究開発が思うように進まないところもあったのだ。
その点、ゲノム編集は「既存のゲノムに手を入れる」という方法である。DNA修正時の欠失や挿入のみを利用すれば、別の遺伝子を組み込まずして形質を変化させることができる。成功率もゲノム編集の方が高いことが多い。
なによりゲノム編集は、『自然界で起こる突然変異を意図的に、しかも狙った位置に起こす』技術であるため、遺伝子組み換えやGM作物に反対している人にも受け入れられやすいのではないかと考えられている。

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ただし、研究によってはDNAの切断部に別の遺伝子を組み込むこともある。この場合は、「これまでより正確な位置へ遺伝子を導入できるようになった組み換え技術」といえよう。また、CRISPER/Cas9は、「意図しないところでDNAの切断を起こしてしまう可能性がゼロではない」と考えている研究者もいる。精度や安全性の高いゲノム編集技術のためのさらなる研究が待たれる。

 

イネの新品種開発にもゲノム編集が利用されている

ここ数年、イネの育種においてもゲノム編集技術が使われ始めている。国内では2015年にCRISPER/Cas9を用いたイネのゲノム編集の成功が報告された。2017年5月には、つくば市にある農業・食品産業技術総合研究機構の屋外栽培場にて、実の大きさや収量を改善するようゲノム編集されたイネが、複数種類植えられている。屋外でのゲノム編集植物の栽培は、国内ではこれが初めてであった。その後も除草剤耐性や栄養分の高い実をつけるイネなどの研究開発が続けられている。

ゲノム編集は、ここ数年で急激に成長した新しい技術だ。遺伝子組み換えよりも迅速かつ的確に新品種を生み出すことができるゲノム編集技術自体は、これからもどんどん広まってゆくだろう。しかし、この最新の技術をどのようなルールの下で取り扱うかは、国によってまちまちのところがあり、法整備や規制が追いついていないことも無視できない。より精度の良い技術を目指すのはもちろんのことだが、その実用化に向けた環境の整備も必要となってくる。


◆育種法早見年表

1903年 加藤茂苞らが品種改良実験を本格化
1904年 イネの人工交配に成功。『交雑育種』が本格化
1949年 人工交配の際に花粉を無効化する温湯除雄法案出
1960年 放射線育種場(茨城県)設立
1968年 葯培養によるイネの半数体が生み出される
2004年 イネのゲノムがすべて解読される
2017年 ゲノム編集されたイネの屋外栽培実験開始

 

参考文献・サイト:
『ゲノム編集を問う-作物からヒトまで』石井哲也(岩波新書)
http://www.naro.affrc.go.jp/index.html
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/seika/nias/h26/02602.pdf
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2014/RR/CRDS-FY2014-RR-06.pdf

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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