米づくりとともに行なう農耕儀礼と祭り

米づくりは収穫後の冬の間も休まず、1年を通して行なわれています。日本人は昔から、田の神への信仰心から、農作業の節目に豊作を祈願したり、収穫を感謝したりする儀礼を行なってきました。

気象観測の技術が発達しておらず、農業機械や農薬がなかった時代、稲作をはじめとする農業は、今以上に自然災害などの影響を大きく受けていました。そのため人々は、農作業の節目や季節の変わり目にさまざまな儀礼をおこない、田の神に豊作を祈願したり、収穫を感謝したりしました。このことを、農耕儀礼と言います。

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庭田植え(にわたうえ)

雪の降り積もった庭を田んぼに見立てて、松葉やわらなどを植えて田植えのまねごとをする予祝(秋の豊作を祈願する)儀礼。主に東北地方で広く伝わり、1月15日の小正月の時期に行なわれます。農作業の始まりを祝うとともに、豊作を願う意味もあります。



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水口祭り(みなくちまつり)

4月半ば、種もみをまく日に、イネが無事に生長することを祈る播種儀礼。苗代の水口(たんぼへの水の引き込み口)に土を盛り、季節の花や小枝を立てて、焼いた米を田の神にお供えします。木の枝には田の神が宿り、焼いた米はもみが鳥に食べられないよう守るといわれています。


御田植祭(おたうえまつり)

4〜6月、田植えの時に行ないます。稲作の作業を再現し、あらかじめ稲作の成功を祝うことで豊作を祈る田植儀礼。重労働だった田植えを楽にするために歌いながら作業をしたことが、はじまりだといわれています。一般的に田植えの時期に行なうものを御田植祭といい、1〜3月に行なわれるものを田遊びと呼ぶ。


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花田植(はなたうえ)

6月上旬。囃子方が奏でる笛や太鼓に合わせて田植歌を歌いながら、絣の着物をたすき掛けした“早乙女”と呼ばれる女性が、田植えを行なう田植儀礼。御田植祭と同じく、田植えの重労働を少しでも楽しみながら、田の神に豊作を祈る意味があります。広島県の壬生の花田植が有名で、世界無形文化遺産にも登録されています。


虫送り(むしおくり)

6〜7月、農作物に害虫の被害が出ないことを祈る儀礼。春から夏、特に初夏に行なわれます。悪霊に見立てたわら人形とたいまつを持って、夜の村を、列を作って練り歩きます。害虫の正体を、斎藤実盛(さいとうさねもり)という武将の霊であるとして、「実盛送り」と呼ぶ地域もあり、農業が普及するまでは、全国で行なわれていました。


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風祭り(かざまつり)

9月(旧暦の立春から210日目の頃)、大雨や台風の被害が出ないことを願って行なわれる儀礼。昔、大風は風の神が起こしていると信じられていました。稲の花が咲き、実がつき、イネの収穫目前のこの時期に台風が来ることが多かったため、風で稲が倒されないよう祈る意味が込められています。一部の地域では、強風を鎮めるために、軒下に風切鎌と呼ばれる鎌を吊るす風習もあります。


亥の子・十日夜(いのこ・とおかんや)

10月下旬〜11月上旬。亥の子は西日本を中心に行なわれる、田の神に収穫を感謝する儀礼。子ども達がひもの先に付けた亥の子石という石で地面をついて家を回ります。関東地方で行なわれる十日夜は、旧暦の10月10日(11月上〜中旬頃)の刈り取りが終わって、田の神が山に帰る日に行なわれ、わらで地面をついたりして田の神に感謝を捧げます。


今でこそ稲作をはじめとする農業は、品種改良や機械化などにより、以前よりも効率よく作業することができますが、毎年、異常気象や自然災害に悩まされることは変わりません。昔の人々がそうであったように、不作や飢饉への不安を乗り越えるためにも、農耕儀礼を行ない、収穫できた際には感謝を捧げる気持ちは、2000年以上変わらないものなのです。


◆参考文献・サイト
・丸山清明監修『お米の大研究』PHP
・TJ MOOK『お米の教科書』宝島社
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