商人が農民をねぎらうためにはじまった、250年以上続く「八朔祭」

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九州のほぼ真ん中に位置する、熊本県上益城郡山都町(やまとちょう)。その町名が示す通り「山の都(みやこ)」であったこの地には、江戸時代中期から約260年続く「八朔祭(はっさくまつり)」という祭りがある。近年では9月の第一土曜・日曜日に開催され、第一金曜日夜の「前夜祭」にはじまり、土曜日には商売繁盛を願って「七畝稲荷御神事」、五穀豊穣を願って「豊作祈願際」が執り行われ、地域の小中学生による鼓笛隊やみこしなどが町中を賑わせる。目玉は、日曜日の「大造り物」の引き廻し。毎年県内外から多くの観光客が見物に訪れ、地元の連合組が総力を結集してつくりあげた雄大な大造り物に魅了されるのだ。

 

藩政時代の街道・日向往還の宿場町として栄えた町

八朔祭が開催されるのは、山都町役場がほど近い浜町商店街と呼ばれる場所。慶長17(1612)年、肥後国の氏族である阿蘇氏が管理していた愛藤寺城(あいとうじじょう)が幕府の命により破却された際、城があった愛藤寺町から数人の商人が移り住み、商店を構えるようになったのが、ここ「浜町」とされている。当時、熊本から宮崎の日向、延岡に至る日向街道の道筋に当たっていたこともあり、地域の経済圏の中心地として栄えた歴史もある。

江戸時代中後期、浜町にある小一領(こいちりょう)神社には氏子によって行われる「豊年地踊り」という芸能があった。豊年地踊りをする人たちや浜町の商人たちが、農家の日頃の苦労をねぎらい感謝するために、酒や肴を用意してもてなしていたのが、八朔祭のはじまりといわれている。造り物については、商人が農家の人たちを楽しませるために作ったという話や、雨乞い祈祷に際して作ったという説もあるが、人々の目を楽しませてくれる精神や五穀豊穣への想いは、現代においても変わりなく続いている。

 

年々進化する大造り物の引き廻しが圧巻

hassakumatsuri2▲地元の熊本県立矢部高校の大造り物は、「森を荒らすモンスターを捕獲!!」とイノシシをテーマにした迫力のある作品。ススキや枯れ枝などを効果的に使って表現している。

時代とともに祭りの形も変化し、現在では各連合組で大掛かりな大造り物が制作されている。モチーフにしているのは、世相を風刺したものや商人や農民も含めた私たち庶民の願いをダジャレと交えて表現したものなどさまざま。日曜日の午後からはじまる大造り物審査では、祭り本部で審査員の審査を受けて受賞が決まる。各連合組では金賞を目指し、6月頃から題材を決めたり、大まかなイメージを描いたりすることから始め、大造り物を制作する「小屋」と呼ばれる作業場で、1〜2ヶ月間制作に打ち込むのだ。

 

八朔祭の大造り物には、山野に自生する自然の素材を使うのが決まり。杉の枝を打ったり、萩を乾燥させたり、細かい装飾に必要な松ぼっくりを拾ったりと、材料集めも苦労する作業のひとつ。さらに、切ったり、磨いたり、柔らかくしたりと、加工作業もとても手間のかかる工程だ。大きいものになると高さ5m、長さ7mほどにもなる大造り物は、材木や竹などを使った土台となる骨組みの制作、紙や麻布、シュロ紐やベニア板、金網などを使った下地づくりなど、体力はもちろん根気がいる作業が続く。皆、自分たちの仕事の合間をぬっての制作となるため、本番が近づくと夜通し作業をするところも多く、ほとんどの大造り物は祭り前日の夜から当日の朝までに完成するのだとか。完成した大造り物は、その雄大さはもちろん、趣向を凝らされた細部の装飾にもじっくりと目を向けたい。

 hassakumatsuri3▲祭り初日の土曜日の朝には、各連合組ごとに決められた展示場所へと設置。ゆっくりと間近に見ることができる。

 

hassakumatsuri4▲テーマと連合組名を掲げた旗のあとに、三味線や太鼓で軽快な八朔囃子を奏でる車が大造り物を先導。

 

hassakumatsuri5▲大造り物が登場すると、見物客から歓声が上がる。ここまでに要した時間や労力の賜物だと想像すると、皆、心からの拍手をおくるのだ。

 

hassakumatsuri6▲祭り本部がある『やまと文化の森』の広場で、大造り物の作品紹介や思いなどを見物客や審査員に伝える。

 

hassakumatsuri7▲祭り本部までに至る道中は、大造り物にとって障害物の連続。長い竿を持った数人の勢子が、電線や木の枝などを避けながら、ゆっくりと進む。

 

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hassakumatsuri8 2▲2019年度最優秀賞の金賞を受賞した下市連合組の大造り物。「消費税増税あわふく国民」というタイトルで、阿波踊りの踊り手たちを表現。阿波踊りの掛け声「エライヤッチャ」という声が聞こえてきそうな躍動感溢れる作品だ。着物の部分にはホオズキがぎっしりと貼られ、美しい模様となっている。

 

農家が豊作祈願を行っていた「八月朔日」

祭りの名前にもある「八朔」とは、八月朔日のことで旧暦の8月1日のことを指す。全国的にこの日に農家が豊作祈願を行う風習があるが、この地域も同様。古くから8月1日の早朝に豊作を祈って田んぼや耕地の畦や水口にお神酒を捧げる「作(朔)廻り」というならわしがあった。この作廻りの途中に知人に会うと御酒を汲み交わすこともあったという。

八朔祭も、もともとは8月1日に行われていたので、この名がついたのだろう。ある連合組の方に話を聞くと、「この日は年に一度、御上から許された“ガス抜き”の日だと聞いたことがあります。日頃は質素倹約に暮らしていた時代、この日だけは音を出して賑やかに過ごしてよかった」のだとか。商人たちが農民たちをねぎらいながら、自分たち自身も楽しんで過ごす。古来続く風習が、地域のコミュニケーションを促しながら長年にわたって結束を深めてきたのだろう。だからこそ、250年以上経った今、人手や後継者不足という問題に直面しながらも、地域の人々の強い絆の中で、この八朔祭を成立させているのだ。

 

hassakumatsuri9▲浜町商店街から歩いてすぐの場所にある「通潤橋」。水に恵まれなかった近隣の田畑へ水を通すための水路橋として、国の重要文化財に指定されている。現在は地震による復興工事中。

 

以前まで、八朔祭に合わせて浜町商店街のすぐそばにある日本最大級の石造りアーチ水路橋「通潤橋」の放水が行われていたが、2016年の熊本地震で被害を受けたため、それ以後放水を中止している。それでもその威風溢れるたたずまいは、訪れる人々の心を掴んでいる。祭りのフィナーレで打ち上げられる花火に照らされる通潤橋の姿も必見だ。

祭りが終わると、大造り物は浜町商店街一帯に1年間展示される。祭りのタイミングに訪れることは難しくとも、浜町を歩きながらそれぞれの大造り物に込められた願い、継承されてきた技術と進化し続ける大造り物の醍醐味をぜひ感じてもらいたい。

 

◆開催日程

八朔祭

毎年9月第1土曜日、日曜日

場所:熊本県上益城郡山都町下市周辺

この記事の情報は2019年のもの

 

参考資料:

『矢部町史』ぎょうせい(1983年)

山都町観光文化交流館(やまと文化の森)展示資料

 

参考サイト:

【八朔祭】2019年大造り物展示場所はこちらから! / 観光ナビ / 山都町

https://www.town.kumamoto-yamato.lg.jp/kanko/kiji0035607/index.html

 

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