酒造家の間では、古来「一麹(いちこうじ)、二酛(にもと)、三造り(さんつくり)」が合言葉となっており、この三つの工程が酒造りのキモとなっている。「一麹」=麹造りについては既に触れた(→コチラを参照)ので、今回は「二酛」=酒母造りについてご紹介しよう。固体だったお米はこの酒母造りの工程を経て、一気に酒へと形を変えていくことになる。
甘酒に酵母を加えて発酵させると「酒の母」になる?!
酛はその字の通り酒(酉)のもと(元)であり、酒を生み出す母=「酒母」とも呼ばれている。では酒母(酛)とはいったい何か。ごくシンプルに言えば「麹+水+蒸米」に少量の酵母を加えたものであり、酒母造りはこの酵母を大量に増やすために行われる。
酒造りで扱う大量のお米をアルコール発酵させるには何百億、何千億もの酵母が必要となるため、麹と水と蒸米を混ぜ合わせて糖分を生成させ、その糖分をエサに酵母を大量に増やしてアルコール発酵を促すのである。ここでピンと来た人もいるだろうが、「麹と水と蒸米を混ぜ合わせて」できる液体と言えば、甘酒である。つまり、甘酒に酵母を加えて発酵させたものが日本酒の酒母だ、と考えれば分かりやすいかも知れない(厳密には少々異なるが…)。
酒造りに必要な酵母を守り雑菌を退治する乳酸のパワー
酒母造りの手順は、①タンク(桶)に麹と水を入れ、かき混ぜて糖化させ、②「乳酸、または乳酸菌」を添加し、③少量の酵母を加え、④蒸米を入れる。ここから2〜4週間待てば、タンクの中で酵母が大量に増えて酒母が完成する。
では、②でわざわざ「乳酸、または乳酸菌」を添加するのはなぜか。酒母は開放型のタンクで発酵するため雑菌が侵入しやすいが、幸い酵母は酸には強いので、乳酸の力で雑菌を退治して酵母だけを増やしたいからである。そして、乳酸と乳酸菌のどちらの力を利用するかによって、酒母の種類は次の二つに分類される。前者を利用するのが、1910年に国立醸造試験所によって開発された「速醸系酒母」であり、後者を利用するのが、江戸時代から受け継がれた「生酛(きもと)系酒母」である。
今日の主流「速醸系」vs江戸時代からの伝統の技「生酛系」
速醸系酒母は手順②の段階で、液体の乳酸をタンクに直接添加する方法によって造られる。酒母ができるまでの期間は約2週間と短い上、品質管理がしやすく酒質も安定するため、現在造られている日本酒の9割以上は速醸系である。できあがる酒も、万人に好まれるスッキリとした淡麗な味わいになりやすい。
一方の生酛系酒母は、蔵に生息する空気中の乳酸菌を取り込む方法によって造られる。取り込んだ乳酸菌が乳酸を作り雑菌を退治してくれるのだが、自然の力で酵母を増やすため酒母ができるまで1ヶ月以上もかかる。また、様々な微生物が存在する中で上手に乳酸菌をコントロールし、安定した酒質に仕上げるには、細やかな温度調節・管理などの高度な技が欠かせない。ただ、多くの微生物が関与し、乳酸菌が乳酸を作る際に様々な成分も同時に生成するため、できあがる酒は濃醇かつ複雑な味わいになりやすく、生酛系ならではの力強さと旨味の深さに惹かれるファンも多い。
今回は酒の母なる「酛」が誕生していくプロセスをご紹介したが、このように自然界のチカラを利用して乳酸菌を育て、じゃまな雑菌を淘汰しつつ酵母を培養するという方法は世界に類がない。科学知識などなかった江戸時代から、匠の技を駆使して目に見えない微生物を操っていたことは驚きであると同時に、ある意味神秘的とも言えるだろう。酒造りにおいても、やはり日本の「母」は強し、である。
参考サイト・文献:
おさけと-osaketo!-
http://www.osaketo.jp/blog/about-syubo/
日本酒 酵母(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%85%92#%E9%85%B5%E6%AF%8D
岩国の清酒 五橋
http://www.gokyo-sake.co.jp/tayori/57.html
唎酒師への道(21)ー 酒母(酛)造り その② 二種類の酒母ー (日本酒基礎講座)
http://sakemove.com/2017/07/17/shubo2/
甘酒ができるまで(中埜酒造株式会社)
https://www.nakanoshuzou.jp/amazake/process/