土壌分析で計測される『EC』。水田とECの関係を知ろう

本サイトではこれまで、基本的な土壌分析で得られる項目をいくつか紹介してきた。pHのように比較的身近な数値もあれば、CECなど普段の生活では耳にしない項目もある。いずれの値も、その意味するところを知らなければ、実際のお米や野菜作りに生かすことができず、宝の持ち腐れだ。今回は土壌分析の測定項目の一つであるECについてご紹介し、稲作との関係をみていきたい。

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ECとは電気の流れやすさである

 

ECは、『Electrical Conductivity』の頭文字をとった言葉だ。『Electrical=電気の』『Conductivity=伝導性』という意味であり、『電気伝導度』と日本語で記載されることもある。電気の流れやすさが土壌の何を表すのだろうか?それを理解するためには、まず『電気が流れる』という現象について考える必要がある。

突然だが、水は電気を通さない。より正確に言えば、『純水はほとんど電気を通さない』。電気が液体の中を流れるには、その液体中に陽イオンや陰イオンのような、電気を伝える物質が存在している必要がある。水(H2O)も電離して水素イオン(H+)と水酸化物イオン(OH-)になるが、その量はごく僅かであるため、純粋な水の電気伝導性は非常に小さいのだ。水道水が電気を通すのは、塩素やミネラルなどのイオンが相応の量存在しているからである。イオンが多く含まれる水ほど、電気が流れやすい。すなわち、水溶液のEC(電気伝導度)を計測すれば、『その液体中にイオンなどの電気を伝える物質がどれくらい存在しているか』の目安を知ることができるのだ。

ちなみに、一般的に使用されるECの単位はmS/cmやμS/cmで、Sは『ジーメンス』とよむ。ジーメンス(S)は、中学校でも習う電気の抵抗を表す値(Ω)の逆数であり、『S=1/Ω』の関係がある。抵抗(Ω)が小さいほどジーメンス(S)が大きくなることがよくわかるだろう。

 

土壌分析でECが意味するところ

 

では、土壌分析におけるECの役割を見てみよう。ECは、土壌中にイオンの形で存在する様々な水溶性塩類の量と正の相関があることがわかっている。『土壌中に水溶性塩類が多ければECも大きい』という理屈は、前述の伝導度の話からお分かりいただけるだろう。作物の養分となる栄養塩類が多く存在する土壌では高いECの値が測定されるが、降雨や作物による栄養塩類の減少・吸収によりECは徐々に低下する。ECの値を逐次計測しておけば、追肥のタイミングをはかることができるのだ。ただし、過剰な肥料はかえって作物の成長を妨げたり、栄養塩類が流出して環境汚染を引き起こすことがある。それぞれの土壌や作物にとっての適切なECを知り、その範囲内で施肥をすることが大切だ。とくにハウス栽培では降雨の影響を受けないことからECが高くなりやすく、こまめなECの測定がカギになる。pHを手軽に測るpHメーターによく似たECメーターも比較的安価で販売されているので、畑作をしている人は手に入れてみると良いだろう。

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実はこのEC、稲作(水田)においては通常ほとんど問題にされない。露天での畑作やハウス栽培と違い、水稲栽培では多くの期間イネが冠水している。このためEC変動の大きな原因となる降雨の影響を受けにくい。一般的に、イネの生育状況とECにはそれほど相関がみられない、もしくはECは気にしなくてよい、と考えられている。

 

ECが参考になる『塩害』時の水田

 

では、水稲栽培でECの出番は一切ないかと聞かれれば、それは『否』である。例を挙げると、2011年の東日本大震災後、被災地の水田のECに関する調査や研究が多数報告された。津波による『塩害』が起きたためだ。

田んぼに海水が流入すれば、海水中の塩分やミネラルにより、ECの値はそれまで見られなかったような高い値になる。昭和34年の伊勢湾台風や、平成11年の台風18号による高潮被害の際にも伊勢湾台風の時にもECが計測され、それぞれの水田の被災状況を測る目安になった(参考文献1)。塩分(塩化ナトリウム)の量を知るには塩化物イオン(Cl-)の濃度を測るという方法もあるが、それにはイオンクロマトグラフィーという分析をしなくていけない。簡便に測れるECは塩分量の相対的な数値でしないが、簡単に手早く測定できるという点で強い味方になる。サンプル数が十分にあれば、ECの値から塩化物イオン濃度を推定することもできるのだ(参考文献2)。

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高いEC値が検出された水田は、基本的に湛水と排水を繰り返すことで徐々に塩分濃度を落としていく。土を水洗いする、というようなイメージだろう。目まぐるしく気候が変動する昨今、大きな台風や地震が引き起こす高潮・津波によって、水田が海水をかぶることがないとも限らない。そういった災害は起きないに越したことはないが、もし塩害が懸念されるような事態に陥った場合は、ECの値が参考になることを思い出してほしい。

 

参考文献:

1.http://jssspn.jp/info/nuclear/post-23.html

2.農林水産省 2011. 農地の除塩マニュアル

3.三浦憲蔵 2015. 津波被災農地の除塩対策16.東北地域の津波被災農地土壌の除塩対策. 日本土壌肥料学雑誌, 86, 459-462

pHと土壌の酸性・アルカリ性からみなおすイネの栽培

稲作農家の皆さんは、自分の田んぼの『土壌分析』をしたことがあるだろうか? 経験則だけにとらわれない理論的な作物栽培をするうえで、重要な情報がたくさん得られる土壌分析は、現代的な農業を営む人には欠かせないものだろう。分析結果にはさまざまな数値が現れるが、それぞれの意味を把握していないと宝の持ち腐れである。今回は、基本的な土壌の性質の一つであるpHや、酸性土壌とイネの関係について、改めて考える。

 

pHは『水素イオンの濃度』である

代々の稲作農家は、先達から伝わる手法や経験則を基礎としてなお米作りを続けていることが多い。積み上げられてきた知識をいかし、普段とは違うささやかな変化を見逃さず、教科書や指導書にないような事態に柔軟に対応する……それこそがベテラン農家の強みだろう。しかしながら、残念なことに昨今の急激な環境の変化や気候変動は『今まで通りの育て方』や『慣例』を振り切る勢いだ。経験則が通用しなくなることが増えている近年、農業の方法を科学的な目でとらえなおし、理論に基づいた農業の重要を感じる人が増えている。『理論的な農業』のテクニックの一つとしてイメージしやすいのが土壌分析だろう。

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土壌分析では田畑の土を分析し、pH、EC、CEC、交換性Mg(苦土)などの数値を求める。一般の農家でも近隣のJAや、環境分析や資料分析を行っている会社に依頼することができ、内容や価格は分析会社によって異なる。上述の代表的な分析項目のうち、特になじみ深く、道具をそろえれば個人でも計測できるのがpHだ。

 

イネとpHについて述べる前に、「そもそもpHとは何か」を復習しておこう。pHは日本語で『水素イオン濃度指数(もしくは水素イオン指数)』と呼ばれる数値である。水溶液中の水素イオンが多く含まれるほどその液体は酸性の性質を示し、少なければアルカリ性(塩基性)を呈する。酸性とアルカリ性の境目(中性)はpH=7だ。pHはその数値が小さくなるほど酸性が強い(水素イオンが多い)ことを表す。pHが1小さくなると、水素イオンの濃度は10倍にもなるため、少しのpHの変動でも水素イオンの濃度変化はかなりのものとなる。

 

作物とpHの関係

一般的に、作物が育ちやすい土壌のpHはpH=5~7の間であることが知られている。栽培種によって適正pHは大きく異なり、ジャガイモやブルーベリーなどはpH=5近い酸性土壌を好むが、キャベツやトマトなどはpH=7に近い土壌でよく育つ。それらの極端な例外を除けば、多くの作物にとって適切な土壌のpHはpH=6前後、弱酸性が適していることが多いという。

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酸性の強すぎる土壌は植物の生育に悪影響だ。水素イオンそのものが根へダメージを与えるほか、植物に有害なアルミニウムイオンの増加、鉄やマグネシウムなどの吸収阻害などが起こる。ではアルカリ性に傾いた土壌のほうが良いのかといえば、それも否。アルカリ性土壌ではそもそもの植物の生育が困難になる。なお、基本的に屋根のない露天の田畑であれば、土壌は自然に酸性化していく。その主な原因は、二酸化炭素などが溶けて酸性になった雨が降り、石灰などのアルカリ成分が流れ出るためだ。さらに、過剰な化成肥料の施肥も土壌の酸性化を促す。油断しているとどんどん酸性化してしまうため、昔から定期的に石灰などを散布していることは、皆さんご承知の通りだ。

 

イネの栽培に最適なpHは……?

さて、稲作農家の皆さんは、イネの栽培に適切なpHをご存じだろうか?農水省の資料(参考文献1、2)や各種文献を見ると、イネ栽培にはpH=5.5~6.5が適切だと示されている。他作物と比較すると、比較的酸性の土壌に強い部類だといわれているが、これはイネがもともと(日本よりさらに雨の多い)亜熱帯域からやってきた植物であることが関係すると思われる。さらに、イネの育苗用床土はより酸性に傾いたpH=5前後が適切だということも知られているだけでなく、イネの育苗期間中には時間の経過に伴ってpHがいっそう低下するという研究(参考文献3)からも、イネの耐酸性がうかがえる。

イネが酸性土壌でも生育できる理由の一つに、酸性土壌下でのアルミニウムに対する抵抗性があげられる。イネのゲノムからは複数のアルミニウム抵抗性遺伝子が見つかっているのだ(参考文献4)。アルミニウムへの抵抗性が解明されれば、酸性土壌に弱い他の作物への応用も期待できる。

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以上のように、酸性化に対する抵抗性がよく知られるイネであるが、あまりに高すぎるpHはイネの生長不良を引き起こす。酸性障害が起こると、イネの先端部の変色や枯死、根の暗色化などが現れ、ひどい場合は収穫が0になってしまうこともあるという(参考文献6)。pHを改善するには、やはり石灰などの散布が必要だ。

「近年イネの生長が良くない」という方は、一度田んぼの土壌分析や、pHを計測してみてはいかがだろうか? pHは比較的身近な数値であるにもかかわらず、土壌の見た目だけでは判断できない。もちろん、土壌分析で得られるほかの多くの計測値も同様だ。だからこそ、基本に戻って土壌の性質を数値として認識するのをおすすめしたいのである。

 

参考文献:

1.http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/miy03.html

2.http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/

3.長谷川栄一・武田良和・斉藤公夫・丹野耕一. 1989.水稲育苗床土の種類とpH推移.東北農業研究 42, 9-10

4.山地直樹・馬建鋒. 2015. 酸性土壌を突破する植物の戦略. 化学と生物 53, 8, 529-534

5.姜東鎮・石井龍一. 2003. イネの耐酸性機構に関する研究. 日本作物学会記事 72,2,171-176

6.http://www.nogyo.tosa.pref.kochi.lg.jp/info/dtl.php?ID=3342

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

水田のメタン排出と、日本の農家ができる対策

2018年夏の記録的な猛暑は記憶にも新しい。日本各地でそれまでに経験したことのないような暑さや渇水が起こり、お米の生産に携わる人たちにも大きな負担が強いられた。急激な変化の真っただ中にある地球環境であるが、その変動の原因の一つに稲作があげられているとしたら、皆さんはどう思うだろうか?

 

地球温暖化の原因の一つ・メタン

地球の平均気温がどんどん上昇しているのは周知の事実だ。『地球温暖化』はもはや待ったなしの喫緊の課題であり、増え続ける自然災害や環境の変化は人々の危機感をあおり続けている。環境変動を身近な問題としてとらえる人も増えているだろう。
地球温暖化の主な原因として挙げられるのは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスである。温室効果ガスが地表から放出された赤外線の一部を吸収することで大気の温度が上昇するが、二酸化炭素の次に人為的な放出が多いと算出されているのがメタンガスだ。

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以前に本サイトでは、メタンと水田の関係について『お米づくりと温室効果ガス -水田のメタンガス排出について-』という記事を紹介している。そちらでも説明されている通り、水田はメタンガスの主要な発生源である。気温の上昇はこれまでになかったような問題を生じさせ、稲作農家を悩ませているが、その原因の一部が水田にあるというのは耳の痛い話であろう。
前述の記事ではアメリカの水田でのメタンガス対策が紹介されているが、日本でも各研究機関や研究者たちが提案をしている。稲作農家が実行しやすい対策として挙げられるのが、『稲わらなどの水田へのすき込みを、春の田植え前ではなく、稲刈りのすぐ後に行う』という方法だ。

 

メタン生成細菌を抑え込む

メタンガスを作り出すのは、水田土壌の中でも空気に触れることが少ない、地表から数mmよりも深い土壌にすんでいる細菌である。『メタン生成細菌』と呼ばれるこの生物は、酸素の少ない環境(嫌気的環境)で活発に活動する。メタン生成細菌は有機物を分解してメタンを放出するので、これを抑えるにはメタン生成細菌のエサとなる有機物を減らせばよい。

水田土壌への有機物の供給は、プランクトンの死骸や枯れた水草など以上に、稲わらや稲株のすき込みによるところが大きい。とはいえ、稲わらや稲株には肥料や土壌改良剤としての効果があるため、土壌への稲わら・稲株のすき込みをやめる、というのは現実的ではないだろう。メタン生成細菌に有機物を与えないように稲わらなどを土に還すには、酸素の少ない土壌に有機物が届く前に、別の微生物たちに分解してもらえばよいのだ。

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稲刈り後に稲わらや稲株をそのままにして、まだ気温の上がらない春先にすき込むと、多くの微生物は活動が鈍いため分解がなかなか進まない。さらに田植えのために水を張れば、土壌の深いところは酸素の少ない状態となり、暖かくなってくると沈んだ有機物をエサとしてメタン生成細菌が活動を始めてしまう。実際、水田からのメタン排出量が1年で最も多いのは、7月から8月の夏ごろだといわれている。

一方、稲わらや稲株を稲刈り直後に土壌へすき込めば、しばらくは秋の気温が高い日が続くことが多いため、土壌中で有機物の分解が早速起き始める。しかも、トラクターで耕耘した土壌は酸素の多い状態であり、分解してくれるのは酸素の多い環境を好む微生物たちだ。地域によっては、冬の間でも少しずつ土壌中で分解される。


いいことづくめの『秋すき込み』

実は『稲わら・稲株の秋すき込み』という方法は、イネの根を痛め成長を阻害する硫化水素ガス(通称:ワキ)の発生予防にも有効だ。硫化水素の発生は、土壌中の過剰な硫酸成分と水素が酸素の少ない土壌中で結合して起こる。それだけでなく、土壌中にはメタン生成細菌同様、酸素の少ない環境で活発に活動する『硫酸還元菌』という細菌もいて、有機物をエサに硫化水素を作り出している。つまり、秋のうちに稲わらや稲株をすき込んで有機物の分解を促進すること、水を張らずに土壌を酸素の多い状態に保つことは、メタンだけでなく、硫化水素の発生も抑えられるのである。


また、土壌に酸素を与える観点で有効といわれる方法に、『中干しの期間延長』がある(参考文献3)。土壌に小さなひび割れが起きるくらい乾燥させ、土壌に酸素を供給することで、メタン生成細菌の活動を抑えるのだ。同研究報告には「中干しを一週間延長したことでメタンの発生を約30%削減できた」という試験結果が掲載されている。小規模農家であっても、少しの工夫で地球にやさしいお米作りができるのだ。

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さらに、品種改良の現場でも水田からのメタン排出対策に取り組んでいる。2015年に、アメリカやスウェーデン、中国の共同研究グループが発表したのは、「メタンの排出量を抑える新品種イネ」である。このイネには、オオムギのゲノムから見つかった「光合成でつくった糖を、根や土壌よりも、葉や種子に優先的に輸送する」はたらきをする遺伝子が導入されている。根や土壌への糖の輸送を抑えることで、メタン生成細菌へのエサの供給を抑え、メタン排出量を抑えられたという。さらに、葉や種子(お米)に糖が配分されることで収量も増加するという、嬉しい副産物もあった。

このような品種が日本で実用化されるかは不透明だが、少なくとも世界で『水田からのメタンの排出をどうにかしなければならない』という動きがあることは覚えておいてよいだろう。『地球環境』などというと大げさに聞こえるが、次世代の農家がこれまで通りの日本の稲作ができるかどうかを左右するのは、今の私たちなのである。

参考文献:
1.https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/chishiki_ondanka/index.html
2.https://www.naro.affrc.go.jp/org/tarc/seika/jyouhou/H05/tnaes93037.html
3.(独)農業環境技術研究所(2012).水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル.http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/methane_manual.pdf
4.https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/66114
5.https://www.huffingtonpost.jp/science-portal/methane-rice_b_7980002.html

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)
“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

オーストラリアのお米はなぜ8割輸出が可能なのか 〜後編「効率の良い輪作とニッチ分野の研究開発」〜

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オーストラリアでは、生産されるお米の内80%は輸出される。前編では、輸出率が高い理由の一つとして、オーストラリアの米協会がお米の品質の維持に力を入れており、それがグローバル的に高く評価されていることをお伝えした。では実際に、稲作を行う上ではどのような工夫をしているのだろうか。後編では「効率の良い輪作とニッチ分野の研究開発」について詳しい内容をご紹介する。

 

水不足に悩むオーストラリアの稲

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オーストラリアは一つの国でありながら国自体が一つの大陸になっているため、気候的には温帯から亜熱帯まで幅広い気候帯に分かれている。この中で、現在稲作を行っているのは、前編でもお伝えしたようにビクトリア州とニューサウスウェールズ州の境にあるマレー地区だけである。この地区では冬は気温が5度前後まで下がり雨が多いが、夏は雨が少なく気温は40度前後まで上がるという気候になっている。オーストラリアの米協会によると、このマレー地区には良質の粘土層が広い範囲で広がっているためジャポニカ米を生産するのに適しているとのことであるが、その一方で水不足が深刻な問題になっている。そのため、稲作にとって欠かせない大量の水の確保が最も大事な仕事の一つになっているのである。

 

水確保のための対応策とは

水の確保には、いくつかの具体的な対応策を立て実施している。まず、水が地下に漏れていかないよう粘土質の土壌が3m以上ある農地に対してのみ稲作の許可を出す。そして確保できる水の量を確認し、その量で稲作を続けられるように、許可を与える農家の数を規制するのだ。灌漑管理には政府が定めた「農地と水の管理計画」に基づき、灌漑専門業者に委託して最低限の水で稲作が続けられるよう水をリサイクルしている。

さらに「輪作」を通して稲作に必要な水の量を調整する。輪作は、世界各地で広く行われている農作方法。一般的に、同じ土地に5年から10年のサイクルで異なる種類の作物を植えていく方法で、これにより土壌の栄養のバランスが取れ、収穫量も増え、最終的に作物の品質も向上することがわかっている。また害虫や病害、雑草などを減らすうえでもメリットが大きい。こうした輪作をオーストラリアの稲作農家も行っているわけだが、オーストラリアの水不足という問題を解決するのにも、この輪作が大きな効果を発揮しているのである。

 

オーストラリアの輪作のやり方

australia kouhen3Photo by Evi Radauscher on Unsplash

オーストラリアの稲作業では、輪作は4~5年のサイクルで行い、稲作を行わない時は麦を植えたり、農地を放牧に使ったりするのだが、これを稲作農家の間で交互に行う。例えばAさんが稲作を行っているときにBさんは麦作を行い、Cさんは家畜を飼うといった具合にアレンジするので、稲作に使う水の量を調整できることになる。


また数年のサイクルによる輪作ではなく、1年に稲作と麦作を実施する二毛作も一つの輪作として行われている。稲作対応のための麦作との二毛作については、オーストラリアのニューサウスウェールズ州の第1次産業省が発行した「稲作直後の麦作について(Growing wheat straight after rice)」と題した資料で詳しい内容が紹介されている。資料の中では稲作の時期と麦作の時期に分けてそれぞれ注意すべきことを明記している。例えば、お米の収穫期は秋であるが、その直後に種蒔をする麦は、秋から冬にかけて成長し初夏に収穫となる。ところがオーストラリアの米どころマレー地区は、冬になると雨が多くなり洪水になることもあるため、麦作には排水が良く水が溜まりにくい耕地を選ぶよう指示している。


また、種まきの時期も早めにできるよう計画し、その計画通りに実施すること、そして撒く麦の種の量と肥料の量を多めにすることなども明記。2016年に行われた稲作農家の調査によると、上述の二毛作による輪作によって1ヘクタール当たりの麦の収穫量は4トンになっている。2016年の時点ではこの二毛作を行っている稲作農家は32%だが、さらにより多くの田んぼで二毛作が実現すれば、農家の収入も増えることになり、しかもお米にとっても良い土壌が作られることになるため一石二鳥の効果を生むと考えられている。

 

研究開発により競争力アップし持続可能な稲作を目指す

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より良いお米作りを目指して生産性を上げ、国際的な競争力を付けることが第1の目的に、オーストラリアの稲作においても研究開発に力を入れている。

例えば短期間で収穫できる品種の開発などが挙げられるが、同時に、ニッチ分野を探し出しそれに合った品種の開発にも力を入れている。その一つが、お米を意外とよく食べる中近東向けに開発した“レイジク(Reiziq)”というお米の開発である。“レイジク”の粒は、長さが5.82mm、幅が2.62mm、水分20~22%となっていて、日本のコシヒカリなどと比べて長粒米。このタイプのお米がピラフや炊き込みごはんなどの家庭料理を食べている中近東で需要があったため、オーストラリアの稲作研究所は品種開発をして、“レイジグ”の輸出に結びつけたのである。

このように経済的な目的から行われる稲作の研究開発の他に、持続可能な稲作を実現するために野生の動植物と共存できる方策も考え出し、実施している。その一つが「生物多様性戦略と計画」というプロジェクトだ。オーストラリアの稲作地帯には野生の鳥やカンガルーなどオーストラリア特有の動物も生息している。そのため、そうした動物たちを保護し共存できる対応策が必要だ。一つのやり方として、田の管理だけでなく近くに別の土地を確保し、動物たちが餌としている野生の植物を植える。そうして乾季でも十分な水が供給できることにより、餌となる植物が枯れないようにするという方策がある。

「オーストラリアのお米はなぜ8割輸出が可能なのか」の後編として「効率の良い輪作とニッチ分野の研究開発」について具体的にどのようなことが行われているかをご紹介した。オーストラリアの稲作業界が、「水不足」という日本とは異なる自然環境に対して、様々な工夫をしながら対応している様子や、研究開発やニッチ分野を見つけてお米の輸出を増やしていること。さらに続可能な稲作を目指し動植物と共存できる道を模索していることなどを、ご理解いただけたのではないだろうか。今後、気候変動など環境の変化や様々なニーズに対応していく上で、日本における稲作にとって何らかのヒント参考になれば幸いである。


参考サイト:
輪作
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA%E4%BD%9C

GROWING WHEAT STRAIGHT AFTER RICE -Rice Extension
https://riceextension.org.au/documents/2018/3/16/growing-wheat-straight-after-rice

Growing wheat straigt agter rice -Department of Primary Industries
https://static1.squarespace.com/static/5a03c05bd0e62846bc9c79fc/t/5aab086088251bc595915f3d/1521158242205/Primefact-1617-Growing-wheat-straight-after-rice.pdf

Ricegrowers' Association of Australia INC
https://www.rga.org.au/Default.aspx

 

文:Setsuko Truong
オーストラリア、メルボルン在住のライター。オーストラリアにいる日本人向け新聞への執筆のほか、趣味の旅行や海外生活の体験を活かして、観光や異文化比較、ライフスタイルなどについての執筆を行っている。

カルシウムが植物に与える影響と、稲作におけるカルシウム

これまで本サイトでご紹介してきた多量必須元素はいずれも、不足するとイネやそのほかの植物の生長が正常に進まなくなるくらい重要なものであった。今回その役割をみていく『カルシウム(Ca)』も例にもれない。多量ではなく『中量必須元素』と記述されることもあるが、いずれにせよ必要なことには変わりない元素である。植物にとってのカルシウムとは、どのようなものなのであろうか?

 

細胞壁の構成に需要な役割を果たすカルシウム

植物の体内でカルシウムが特に多く存在している場所は細胞壁である。細胞壁は、固い繊維質であるセルロースが主成分となり、セルロースの周囲をヘミセルロースやペクチンといった多糖類が取り囲んでいる。ヘミセルロースやペクチンは、セルロースの繊維同士を固定する接着剤のような役割を果たしている。ヘミセルロースは茎・樹木の幹などの固い組織の細胞壁に多く見られるが、ペクチンは柔らかな葉や新芽、果実などの細胞壁に多い。このペクチンが、分子同士の結合にカルシウムを必要とするのである。人間にとってのカルシウムが骨の形成に不可欠な成分であるように、植物にとっても細胞の構造維持にカルシウムが重要なのだ。

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さらに、カルシウムは植物細胞内の情報伝達や酵素の活性化、光合成生産物の輸送に重要な役割を果たすとされる。また、カルシウムが十分に供給されている植物は病原体や環境ストレスへの耐性が高いことも知られている。

 

カルシウム欠乏の症状は『植物の上部』で気づく

カルシウムは根から吸収され、植物体内では水の移動(蒸散)に伴ってそれぞれの組織へ輸送されるが、特に生長の盛んな若い葉や新芽では細胞壁の構成にペクチンが多用されるため、カルシウムの必要量も多い。そのため、カルシウム不足が生じると植物上部の葉や芽が黄変したり、枯れるなどの症状が見られるようになる。

カルシウム同様に多量必須元素に数えられるマグネシウムは、不足すると下部の葉から黄変や枯れの症状が出始める。これは、葉緑体の構成成分になるマグネシウムが不足した場合、下部の組織からより光の当たりやすい上部の葉へマグネシウムを再移動させることができるためだ。その一方、カルシウムは一度各組織に送られると、ほかの場所へ再度移動することがほとんどできない。それもあいまって、上部の葉から黄変や枯れの症状があらわれやすいという違いが生まれるのである。

実際のところ、上部の葉よりも根の生長不良が先に起こることも少なくないのだが、地下の根の変化よりも、葉の枯れのほうが目に見えて気づきやすいだろう。

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さて、イネの生長においてもカルシウムは重要であるが、イネは体の支持や保護のためにケイ酸を好んで使う植物(ケイ酸植物)であり、多くの果菜類よりもカルシウムの含量は低いといわれている。そのためか、イネのカルシウム欠乏を調べても、あまり実例や症例が見つからない。

 

とはいえ、イネのカルシウム欠乏を検討した実験もある。伊藤・藤原(参考文献5)の研究によると、正常なイネの苗をカルシウムが極端に少ない土壌に移植して育てた場合、カルシウムが十分ある土壌に移植したものよりも生育が悪くなった。地上部も地下部も生長が抑制され、移植後1か月ほどでやはり上部の葉から枯れ始めて、最終的に枯死してしまったと報告されている。また、三宅・高橋(参考文献6)はカルシウムの施肥でイネの収量が増加したことを報告している。やはり適切な量のカルシウムはイネの生育にも欠かせないのだ。

 

カルシウムの施肥は慎重に!

カルシウムを含む物質で畑や田んぼへ散布されるもの(石灰質肥料)といえば、消石灰、生石灰、炭酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、石灰窒素などがある。これらの散布の主目的は土壌のpH 調整であることが多いが、カルシウムの供給という点でもイネや野菜の健やかな生長に寄与しているはずだ。またイネの場合は、刈り取り後の稲藁のすき込みなどでも、藁に残存するカルシウムを循環させることになる。

 

ただし、石灰質肥料の成分によっては、散布のしすぎで土壌pHが過剰に高くなってしまうものがある。アルカリ性の強すぎる土壌では、カルシウム以外の必要成分が土壌に保持されにくくなったり、それらの成分の吸収が妨げられることがあり、最終的には植物へ悪影響となる場合がある。また、カルシウムが十分にふくまれている土壌でも、同じところに窒素やカリウム、マグネシウムなどが過剰に存在すると、根からのカルシウム吸収が阻害されるといわれている。

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イネの生育中に上部の葉の枯れや生長不良、根張りの悪さが気になったら、やみくもに肥料を与えるのではなく、まずは土壌の検査を受けてみることをおすすめしたい。その結果を踏まえ、石灰質肥料の種類や量を慎重に検討しよう。土壌の検査や分析を行うと、数々の元素の割合やpHなどの結果が数字として目の前に現れる。それらの情報を十分に活用できれば、よりよいお米作りの大きな力になるはずだ。
 

 

●本サイトでご紹介してきた多量必須元素

・ケイ素

植物の生育に必要な『元素』たちと、イネの生長を左右する『ケイ素』

https://rice-assoc.jp/for-famer/32-cultivation/178-2019-03-09-06-00-01.html

・硫黄
土壌中の欠乏・過剰に要注意! 硫黄とイネの関係。
https://rice-assoc.jp/for-famer/32-cultivation/183-2019-03-16-13-18-56.html

・マグネシウム
成長や食味に好影響! マグネシウム(苦土)とイネの関係
https://rice-assoc.jp/for-famer/32-cultivation/193-2019-04-09-05-27-21.html

 

参考文献:

1.http://lib.ruralnet.or.jp/nrpd/#koumoku=10998

2.http://lib.ruralnet.or.jp/nrpd/#koumoku=10998

3.https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id318.html

4.下瀬昇(1964).作物の塩害生理に関する研究(第5報)水稲の塩害とカリウム欠乏,カルシウム欠乏の関係 日本土壌肥料科学雑誌,35,148-151

5.伊藤信・藤原彰夫(1967).水稲のカルシウム栄養について 日本土壌肥料科学雑誌,38,126-130

6.三宅靖人・高橋英一(1992).カルシウムの多量施肥がイネの収量・ケイ酸吸収に及ぼす影響 日本土壌肥料科学雑誌,63,395-402

7.http://lib.ruralnet.or.jp/genno/yougo/gy234.html

 

文:小野塚 游(オノヅカ ユウ)

“コシヒカリ”の名産地・魚沼地方の出身。実家では稲作をしており、お米に対する想いも強い。大学時代は分子生物学、系統分類学方面を専攻。科学的視点からのイネの記事などを執筆中。

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